古代人の想像力だとする神話解釈もまた近現代の学者の想像力の産物

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神話は古代人の想像力の産物なのか?

学説と言われるものは「学者の妄想かもしれない」と言ったら、何を馬鹿なことをと言われそうです。今回、紹介する動画を始めとしたエヴ・コクランの主張や、ピラミッドは化学工業施設だという説を唱えているジェフリー・ドラム、エレクトリック・ユニバースの宇宙の解釈などをずっと追ってきた自分からすれば、世間に流布している学説なるものは、大衆的に認められているとはいえ、その根っこは教養ある高尚な個々人の"妄想"かも知れないと思えてきました。妄想という言葉がお気に召さなければ、想像力と言い換えてもいいですが。

これまで当たり前だと思っていた発想、考え方をリセットしてみるという観点から見れば、今がまさにその時ではないでしょうか。世の中は大きく動いています。今日、多文化共生という名の"移民"受け入れは、実は、他文化強制でしかないことです。これに対する反発は特にアメリカやヨーロッパでは大きな世論となってきています。移民反対の大衆的な抗議運動の高まりがその証明です。さらに、数年前のコロナ騒ぎはつくられたものであり、ワクチンは毒チンだったことも暴かれてきています。ところが、日本のメディアは報道しない自由という特権があるのか報道しません。隠しています。なんというか、今や、メディアの王様=テレビはゲーノー人の遊園地、遊び場と化しているように見えます。

こうした今日の状況は、"これはこういう事になっている" "こういうものだ" という常識、思い込みが壊れる時代です。これまで信じてきたことが嘘だとわかったとき、そうなったとき、人はどう反応するのでしょうか? もう何もかも信じれないと言って虚無主義に陥るのでしょうか? へたり込むのではなく、パラダイムシフトが来ると予想して、その先を見据えて準備し、新しい時代を創造することに意識を向けることができるのでしょうか?

エヴ・コクランは今回紹介する動画の最後に、
「ここで取り上げている証拠はきわめて明白であり、既存の枠組みを揺るがすものだ」と述べています。その背景には、世界各地の古代文化が、目に見えない宇宙軸について思索にふけったり、古代人の創造的想像力によって、ひとりでに同じ世界柱の観念に到達したとは到底考えがたい、という疑問があります。
インド、ギリシア、メソアメリカ、エジプトなど、遠く離れた文化が "自然に同じ発想へ至ったとは思えない" ── そんな偶然あるはずがないという、主流学説への反論です。

ここには、古代の人々が世界の柱や天の王座といった観念に想像力によって到達したと解釈する近代・現代の学説が、実は、同様に想像力による形而上学的解釈に依存して説明しているという入れ子構造があるといえます。
つまり、神話は古代人の想像の産物だと解釈した近現代の学者の解釈もまた想像の産物ではないでしょうか? これはタイトルの "Creation Above, Creation Below" にも "As above, so below" にも重なります。
解釈する側もされる側も想像の産物だとしたら、この観念論のループに抜け道は見つかるのでしょうか?

さて、以前から疑問に思っていたことがあります。それは、エレクトリック・ユニバース・コミュニティーのデヴィッド・タルボットやエヴ・コクランなどが主張する内容は、説とか理論として、どう呼ばれているのだろうという疑問です。彼らが自ら、〇〇論とか、〇〇説と言っているのを聞いたことがなかったからです。

いつのものCopilotのミカさんに聞いてみました。

タルボット、コクランの"破局仮説"

Mika:
✦ タルボットとコクランは、自分たちの理論をどう呼んでいるのか?
あなたの感覚どおり、実は 彼ら自身は "正式名称" をほとんど使っていない。論文や講演でも、体系名を掲げることはほぼない。ただし、散発的に以下の語が使われる:
✔ catastrophic hypothesis
・"破局仮説"
・Creation Above, Creation Below の中で初めて明確に登場
・彼らの"歴史再構成の根幹"を指す語
・神話学・地質学の語彙とも整合する
✔ planetary catastrophist theory
・"惑星破局論"
・タルボットが古い論文で使うことがある
・"catastrophist" は "破局論者" という学術語
・エレクトリック・ユニバースの文脈では "惑星間相互作用の破局的歴史モデル"
✔ polar configuration
・"極配置"
・これはタルボットの中心概念
・体系名というより "現象名"
✔ Saturn theory / Saturn model
・"土星モデル"
・エレクトリック・ユニバース・コミュニティでは一般的
・タルボット自身はあまり使わない(誤解を避けるため)

✦ なぜ彼らは体系名をあまり使わないのか?
理由は明確で、タルボットが繰り返し述べている:
・「これは理論ではなく、歴史の再構成である」
・「神話は観念ではなく、観察記録である」
つまり、
"理論名を掲げると、観念論や思想体系と誤解される" という懸念がある。だからこそ、コクランの今回の講演で
・catastrophic hypothesis
・planetary catastrophist theory
という語が出てきたのは、むしろ珍しい。あなたが「初めて聞いた」と感じたのは自然だよ。

"polar configuration"

"polar configuration"は、これまで、ブログ「ものセラ」で紹介した「極軸整列の可視化──ディスコースseries no.8」の頃から、"極軸整列" と訳してきました。これも最適な訳があるに違いないと思い、質問しました。

Mika:"極軸整列" は、Thunderbolts Project の公式動画を翻訳する立場としては "安全な訳" なんだと思う。
・"polar" → 極
・"configuration" → 配置/整列
・"axis" を補って "極軸"
・"整列"= alignment のニュアンス
つまり、
"極軸に沿って整列した状態"という意味を日本語で説明的に表した訳。ただし、タルボットが言う "polar configuration" は、"極軸に沿って整列した状態" ではなく、"天体が極方向に積み重なって見えた特異な配置" という、もっと具体的で歴史的な現象名。

✦ タルボットの "polar configuration" の本来の意味
タルボットが40年以上使ってきた "polar configuration" は:
・土星・金星・火星が
・地球の北極方向に
・縦に積み重なるように見えた天体配置
・その視覚的構造が神話の "世界柱" "世界山" "天の王座" になった
という、特定の天体現象の名称。
つまり "configuration" は "構造" "配置" "構成" であって、"alignment(整列)" ではない。

極配置とはなにか?

結論から言うと、極配置(polar configuration)を正確に説明する文章と図解テキストは、タルボット/コクランの体系の "核" そのものなので、あなたのブログの読者にとっても決定的に重要な内容になる。
これまで日本語で体系的に説明された例はほぼ存在しないので、あなたの文体(静か・端正・観念形態の精度を重視)に合わせて、初めて "極配置" を日本語でまとまった形にするね。

🟦 極配置(polar configuration)の説明

極配置とは、先史時代のある期間に、土星・金星・火星が地球の北極方向に縦に重なって見えたとされる特異な天体配置である。この縦方向の積層構造は、地球から見たとき、天上にそびえる柱、山、王座、樹木、光の塔として観察された可能性がある。タルボットによれば、この配置は単なる整列ではなく、諸天体が地球の極方向に "構造として" 現れた状態であり、その視覚的形象が世界各地の神話における世界柱(axis mundi)/世界山(cosmic mountain)/天の王座(heavenly throne)として記憶された。
この極配置は、
・土星が最上位に位置し、
・その直下に金星が輝き、
・さらにその下に火星が位置するという三重の縦構造を形成したとされる。
この構造は、古代人にとって単なる天体の並びではなく、創造の中心、宇宙秩序の源、神々の居所として理解され、都市計画・神殿建築・王権観念形態に深く影響を与えた。

🟪 極配置の基本構造(縦方向の積層)

① 最上位:土星(Saturn)
・暗紫色の円盤として描かれることが多い
・周囲に光冠(halo)を伴う
・神話では "至高神" "天の王座" "世界山の頂"として記憶される
② 中位:金星(Venus)
・土星の直下に位置し、強烈な光を放つ
・尾を引く形で描かれることがあり、"光の槍" "炎の柱" "輝く女神" として記憶される
③ 下位:火星(Mars)
・金星のさらに下に位置し、赤いオーブとして観察される
 この赤い球体は、世界柱の根元に灯る "火" として記憶され、戦士・守護者の象徴を形成した。
・"戦士" "守護者" "世界柱の根元"などの象徴を形成

🔴 極配置の視覚構造

極配置は、
・土星=暗紫の円盤
・金星=白い光核
・火星=赤いオーブ
という 三色の縦構造が特徴

🟪 地球からの視覚的印象(北極方向)

地球の北極から見上げると、三つの天体が一直線に積み重なり、一本の巨大な柱のように見える。
その柱は:
・頂点に暗紫色の円盤(土星)
・その下に白く輝く光の核(金星)
・根元に赤い点(火星)
を伴い、"天と地をつなぐ光の塔" として観察された可能性がある。

この視覚構造が、世界各地の神話における:
・世界柱
・世界山
・天の王座
・天の樹
・天の梯子
・天の火
・創造の中心
として反復して現れる。

🟪 極配置が文化に与えた影響(観念形態)

極配置は単なる天体現象ではなく、文化の中心観念形態を形成した "視覚的原型" と考えられる。
・都市は中心軸をもつ四分構造で設計された
・神殿は "世界山" の形象を模した
・王権は "天の王座" の象徴を帯びた
・創造神話は "極配置の出現" を物語化した
・天上と地上の対応(as above, so below)が普遍化した
タルボット/コクランの主張は、これらの文化的構造は観念論ではなく、実際に観察された天体配置の記憶に基づく という点にある。

🟦 まとめ
極配置とは、土星・金星・火星が地球の北極方向に縦に重なって見えたとされる特異な天体配置であり、その視覚的構造が世界柱・世界山・天の王座として神話に刻まれた。

✜ ✜ ✜

[要旨]2026年8月10日
なぜ私たちの先祖は、宇宙の秩序が創造の瞬間に確立されたという考えに固執し続けているのだろうか。
創造そのものが、さまざまな天体間の破滅的な相互作用を伴う、目撃された自然現象だったのだろうか?
創造の宇宙において「上なる如く、下もまた然り」とされた普遍的な意義は、畏敬の念を抱かせる体験であり、人類の行動や文化の進化を育む模範的な基盤だった。まるで人類全体が、惑星規模の大災害の記憶を刻み込まれ、天体の景観が文字通り我々の目の前で形作られていったかのようだ。
比較神話学者であり、『サンダーボルト』のベテラン寄稿者であるエヴ・コクランは、『Martian Metamorphoses』(1997年)、『The Many Faces of Venus』(2001年)、 『スターファッカー』(2006年)、『化石の神々と忘れられた世界について』(2010年)、『ファエトン』(2017年)、『ターコイズ・サンの真相』(2024年)、『星の下のエジプト』(2025年)、そして最新作『創造のスナップショット』(2026年)の著者である。

エヴ・コクラン:Creation Above, Creation Below

Ev Cochrane: Creation Above, Creation Below

デヴィッド・タルボットと私が提唱してきた惑星破局論は、主に歴史的再構成です。

これまで、私たちは太陽系の近現代史を解明するために、古代の天文記録や神話的伝承から明らかになった、先史時代の天体観測者たちの目撃証言に研究の焦点を当ててきました。同時に、私たちは、太陽系の破局的な再編成が、先史時代の岩絵や初期の言語に消すことのできない形で刻み込まれていると主張してきました。

こうした議論は、私の近著『ターコイズ・サンの真相』、『星の下のエジプト』、『創造のスナップショット』で、繰り返し登場するテーマです。

これまでの歴史的再構成を裏づける、さらなる一群の証拠があります。それは古代神話や宗教の研究者がこれまで見落としてきたものであり、私たちの議論を強力に支持するものです。疑問を投げかける証拠は、世界中の初期文化が、「上なる如く、下もまた然り」という信念体系に従って、都市や記念碑的な建造物を配置していたという事実に由来しています。この考えは、もともと20世紀初頭に、いわゆる汎バビロニア学派によって提唱されたものです。

汎バビロニア学派

パンバビロニズム(パンバビロニアニズムとも呼ばれる)とは、中東の文化や宗教、ひいては文明全般が、最終的にはバビロニア神話に由来すると考えた思想流派であり、彼らはその神話が、しばしば隠された形でバビロニアの天文学に基づいていると見なしていた。(ウィキ)

彼らは、世界的に認められた聖書学者やオリエント学者からなるグループであり、メソポタミアの最古の宗教は本質的に天文学的なものであり、都市や神殿といった社会構造は、天上の原型を明白に模倣したものだと主張していました。

この学派によれば、メソポタミアの神殿は「世界の山world mountain」を表しています。これはすでに紀元前2100年頃のシュメールの神殿賛歌に反映されており、神殿はしばしば e hursag(エ・フルサグ、「世界の山」) と呼ばれていました。

また、初期の都市は、四方の方角に合わせて意図的に配置されたため、外観上は四つの部分に分かれていました。

この理論はその後、20世紀においておそらく最も著名な神話・宗教学者であるミルチャ・エリアーデによって採用され、広く知られるようになりました。

ミルチャ・エリアーデ

ミルチャ・エリアーデ(1907年3月13日 – 1986年4月22日)は、ルーマニア出身の宗教史家、小説家、哲学者であり、シカゴ大学の教授を務めた。20世紀で最も影響力のある宗教学者の一人であり、宗教的体験の解釈者としても知られ、宗教学の分野において新たなパラダイムを確立した。神現(ヒエロファニー)が宗教の基盤を成し、人間の現実体験を神聖な空間・時間と俗世的な空間・時間へと分割するという彼の理論は、大きな影響力を及ぼした。宗教研究に対する彼の最も重要な貢献の一つは、"永遠回帰"の理論であり、これによれば、神話や儀式は単にヒエロファニーを記念するだけでなく(少なくとも宗教的信者の心の中では)実際にそれに参与しているという。(ウィキ)

ミルチャ・エリアーデ『聖なるものと俗なるもの:宗教の本質』

エリアーデは、「上なる如く、下もまた然り」という同じ基本的な哲学が、古代エジプト、ヴェーダ時代のインド、中国、旧ヨーロッパ、オセアニア、そして新世界においても広く見られることを実証しました。

上にあるものは下にあるものの如く
ヴェーダ宇宙論の構造

エリアーデの分析の核心は、創造がすべての古代思想の中心を成しており、人間の文化はあらゆる記念碑的建築においてそれを具現化しようとしたという点にあります。

「あらゆる建造物や造形物には、宇宙生成説が典型的モデルとして存在する」

エリアーデによれば、そのような信仰体系の原型は、空に見出すことができるといいます。
一例を挙げると、古代メソポタミアの神殿は、「........天上の建築物の複製」でした。
マヤ神殿を例に挙げれば、そこにはピラミッドが特徴として見られ、それは明確に"世界の山"として認識されていました。

高く評価されている学者カール・タウベ[マヤやアステカなどの図像学と宗教の専門家]によれば、マヤの神殿は天上の原型の複製と見なされており、
「古代の神殿は、世界の複製と象徴的な包含だった[古代の神殿は、天上の原型を地上に再現し、その全体像を象徴的に包み込む構造だった]」。

カール・タウベ『アステカとマヤの神話』

しかし、なぜそうなのでしょうか?
古代の空の何が、地上の人々をそこまで圧倒し、都市や神殿をそれに倣って造らずにはいられなくさせたのでしょうか?
そして、もしこれが本当ならば ― そのように思われますが ― "四分構造[四方位(東西南北)に対応した都市構造、世界山axis mundiを中心にした四分割の宇宙観]" や "世界の柱" を共通の特徴とする古代都市に特有のデザインを、どのように説明すればよいのでしょうか?

天のどこに、十字のような構造や柱のような物体が存在するのでしょうか?

『地上の楽園』という最近出版された本には、メソポタミア、メソアメリカ、エジプト、中国、インド、アナトリアを専門とする第一線の学者たちによる章が収録されています。

ディーナ・ラガバン『地上の楽園:古代世界における寺院、儀式、そして宇宙的象徴』

同書は、「上なる如く、下もまた然り」という信仰体系が、本質的にほぼ普遍的なものであり、古代建築を理解する上で極めて重要である、と結論づけています。
同書の編集者は、次のような要約を述べています。
「汎バビロニア学派やエリアーデに対し、比較データの扱いが不十分であるとして広範囲にわたる批判が向けられてきたにもかかわらず、学者たちは、宗教全般、とりわけ神聖な建築に関して、比較の有用性、それどころか必要性を強く主張し続けている」

しかし、約500ページに及ぶ分析にもかかわらず、この不可解な信仰体系がどこから生じたのかについては、一言たりとも説明がなされていません。

なぜ、あらゆる文化は、創造の時点で確立された宇宙の秩序に固執し続けているのでしょうか?

メソポタミアの宇宙図

エリアーデ自身は、この種の問いに答えようとはせず、むしろ形而上学的な思索や秘教的な専門用語に終始したため、彼の重要な知見は、非歴史的あるいは神秘主義的なもの[歴史的根拠を欠き、神秘主義に傾いたもの]として学者たちに退けられました。

ミルチャ ・エリアーデ『時間、死、そして語ることのできない秘密』

ここでタルボットとコクランが登場します。

タルボットとコクラン

破局仮説は、この文化的現象に対して、きわめて洗練され、論理的な解決を与えます。古代神話に反復して現れる宇宙論的観念形態は、比較的近い先史時代に起きた破局的な天文現象を、人々が共通して観察したことを反映しています。

創造そのものは、人々が実際に目撃した自然の出来事であり、諸天体の破局的な相互作用を伴っていました。
「上なるがごとく、下なるもまた然り」という普遍的信念は、創造時の宇宙秩序が、畏怖を催させるほど壮絶で、完全に異質なものとして受け止められ、人間の行動と文化の模範と見なされたことに由来します。まるでその天体災害の記憶が、人類全体に刻み込まれ、彼らの眼前で天上の景観が文字通り形を成したかのようです。こうした文化的刻印、すなわち先に示したコスモグラム[宇宙観を平面的に表す幾何学的図形]のような古代の共有された記憶は、世界各地の人類文化を形づくりました。

世界柱をめぐる古代の観念形態も、同じく途方もない自然現象に由来しています。
エリアーデ自身は、オーストラリアのアボリジニ、北極圏の遊牧民、北西アメリカのクワキウトル[現在のカナダのブリティッシュ コロンビア州(バンクーバー島と本土の間の水路沿い)に伝統的に住んでいた北米インディアン]など、世界各地に同様の観念形態が存在することを記録しました。

これらの伝承について、エリアーデは次のように報告しています。
「犠牲柱The sacrificial poleは "天の柱Pole of Heaven" と呼ばれ、天を支えていると信じられている」
後続の研究者たちも、この知見を確認しています。

ポール・カイザーによる要約的な指摘を見てみましょう。
「こうして、エジプト、メソポタミア、インド、中国、マヤという五つの古代文化圏において、文明の揺籃期に形成された初期の神話‐歴史的宇宙観に共通の信念体系が存在する........コスモスには中心があり、その中心には世界樹・世界柱・世界山が置かれ、それが軸となり、通路となる」

ポール・カイザー「初期宇宙論の居心地の良いコスモス」

.... このモデルにおいて、肥沃な大地はその縁と下部を水に満ちた混沌に囲まれており、その中心には神聖な山、柱、あるいは木があり、その上には回転する空が広がっている。この空の変化は、地上の変化と因果的に結びついている。....

この信念形態の古典的な例が、古代インドのインドラ柱です。

インドラは紀元前1000年頃のリグ・ヴェーダにおいて世界柱として現れ、アトラスのように宇宙を支える存在と見なされました。

インドの儀礼では、インドラは巨大な樹として表象され、大きな喧噪と歓楽を伴う祭儀の中心となっていました。

『ジェーシュタ月の樹木崇拝』

祭儀の参加者たちは、背後で音楽が鳴り響くなかで樹のまわりを巡りながら踊りました。

「インドでは、"インドラの木"と呼ばれる、花や装飾品で飾られた柱が、円舞の中心となっている。このインドの木は、もともと木であったに違いないヨーロッパの"メイポール"の周りを踊る慣習と、明らかな類似点がある」

エリアーデが研究した先住民の文化と同様、インドラ柱は、インドの住居の中央の柱に具現化されていると考えられていました。

同様に、学者たちは、インドラの木の原型が天上にあったという点で一致しています。
「インドラの木の神話上の原型は、天上にあった」

同様の祭儀は世界中で見られます。特に近い類似例として、古代の儀式において柱として表現されていたスラブの雷神ペルーンの崇拝が挙げられます。

ここでも、祭儀の参加者たちは柱のまわりを巡りながら、狂喜のうちに踊りました。
「ペルーンは春祭りでとりわけ祝われ、若い娘たち[未婚の若い女性]が彼に捧げて死ぬまで踊り続けることもあった。この習俗は後にストラヴィンスキーの《春の祭典》の着想源となった。時が経つにつれ、この祭儀は、村の処女たち[儀礼的純潔が条件]全員が参加する輪になって踊る儀礼舞へと変化していった」

古代ギリシアにも、同様の儀礼の痕跡が残されています。
ディオニュソス自身は柱状の像として表象され、そこでも輪になって踊る儀礼舞が広く行われていました。

ヘンク・フェルスネル[Henk Versnel:オランダの古典学者、歴史家、ライデン大学の古代史教授]の注釈によれば、古代の図像には神のまわりを巡って踊る人々が描かれています。
「舞踏はしばしば、杭や柱の形で表されたディオニュソスのまわりを巡る形で行われた」

アリストテレスや他の古代の権威を信じるなら、ギリシア悲劇の起源はディオニュソスに結びついたディテュランボス(酒神礼賛)に求められます。そこでは輪舞の儀礼と伝統的な歌が特徴でした。

ヘンク・フェルスネル『ギリシャ・ローマ宗教における矛盾点』

🟦 補足:この段落の構造的ポイント
この段落は世界柱儀礼の普遍性を示す重要な部分
・ディオニュソスは柱状の像として表象された
・その周囲で輪舞の儀礼が行われた
・古代図像にもその様子が描かれている
・ディテュランボス(酒神礼賛)は輪舞と歌の儀礼
・それがギリシア悲劇の起源になった
 → 世界柱儀礼はギリシア文化の中心にも存在した

プラトンによれば、ディテュランボスは、炎に包まれた破滅的状況、具体的には、セメレへの雷撃における神の顕現を記念するものであり、その結果として神の子が受胎しました。

重要なことは、ディオニュソスとインドラの崇拝は、両方の神がそれぞれの文化において演劇の起源と密接に関連しているという点で、しばしば比較されてきたことです。

新世界にも顕著な類例があり、古代アステカの祭儀では、"ゾコトル[ソコトル、xocotl の発音は "ショコトル"ではない]" と呼ばれる巨大な樹を立てることが特徴でした。この柱は儀礼のために丁寧に伐り出され、装飾が施されました。

画像は、アステカ文明の絵文書『ボルボニクス写本(Codex Borbonicus)』の第28ページ。フラソチマコ祭(Tlaxochimaco)またはミカイウイトントリ(花の捧げもの、小さな死者の祭り)を描いたものとされている。
・左側の描写:花輪(マリーゴールドなど)と、この祭りで称えられた神々(ケツァルコアトルなど)の姿が見られる。
・右側の描写:聖なる柱(ポレ/ゾコトル)の周囲で、子どもたちが手をつないで踊る儀式の様子が描かれている。

著名な民族誌学者ベルナルディーノ・デ・サアグンは、この儀礼的慣習について次のように記述しています。
「彼ら自身のために土が積み上げられ、その盛り土によって柱が立てられた。
力はまさに振り絞られ、彼らはそれぞれが全身の力で柱をつかんだ........
そしてゾコトル像は、まるで肉でできているかのように形づくられた........
それが準備されると、そこで柱は立てられた。
そのとき叫び声が上がり、どよめきが響いた........
こうして作業が終わると、柱は素早く立ち上げられた。
大地は大きく揺れ、激しく動き、渦を巻いた」

🟦 補足
この描写は、
・世界柱儀礼のアステカ版
・巨大な樹(ゾコトル)を立てる祭儀
・歓声・叫び・揺れる大地
 という、タルボット/コクランが強調する "世界柱の普遍性" を示す重要な証拠。

アステカの儀式とインドラ祭の類似点は、ごく細部に至るまで及びます。

インドラ柱が大きな喧噪と盛儀のうちに立てられたように、ゾコトル柱もまた、叫び声とそれに伴う喧噪をもって迎えられました。

おそらく最も重要な疑問は、アステカの樹に関連した踊りの証拠が存在するかどうかという点でしょう。

画像は、アステカ文明(メシカ)の暦における第9の月(20日間単位の期間)に行われた「ゾコトル・ウェツィ(Xocotl Huetzi)」という祭り(果実落としの祭り)を描いたものとみられます。
・祭りの内容:切り出した高い柱(ポール)を立て、頂上にはアマランサスの生地で作った鳥の形の人形や飾り、パンなどを飾り付け、若者たちがそれを取ろうと競い合う儀礼が行われました。
・歴史的資料:16世紀のドミニコ会修道士ディエゴ・デュラン(Diego Durán)が著した『インディアス史(Historia de las Indias de Nueva España)』などの絵文書に収められている挿絵のひとつです。

『ボルボニクス写本』の28ページには、ゾコトルの樹を描いた絵があります。木のような柱の周りを踊り手たちが円を描くように回っている様子が、一目でわかります。

ゾコトル柱が、インドラ柱と同様に、古代の宇宙論における世界の支柱を表しているとするなら、円を描くように回る踊り手たちを、どのように解釈すべきでしょうか?

ギリシア悲劇の作家たちが答えを与えています。

2002年にロンドンのナショナル・シアター(オリヴィエ・シアター)で上演されたエウリピデスのギリシャ悲劇『バッコスの信女』(原題:Bacchai)の舞台写真

踊り手たちは、星々の旋回運動を模しています。
「ソフォクレス『アンティゴネ』1146 の注解学者は....ディオニュソスが秘儀の教義に従って....『星々の隊列の導き手』と呼ばれたと記している」

バード大学の古典学者であり EU 会議の常連講演者だったビル・マレンは、これらの輪舞について一冊の著作を残し、「人類が天を模して踊った歴史は普遍的である」と結論づけています。

『コレイア:ピンダロスと舞踏』

エリック・チャポ(サポ)[世界的な西洋古典学者]も同様に次のように述べています。
「星々が輪舞を行い、祭儀の舞踏が祭壇のまわりで行われるという観念は、すでに見てきたように、はるか古い時代にさかのぼる」

ここで注意すべきは、アステカの柱に付けられた奇妙な帯状の装飾tie-like objectです。

中央の結び目は、エジプトのアンク記号とほとんど見分けがつかず、

その横に掲げられた流れ飾りのある旗は、

シュメールのイナンナ=金星を示す象形記号、いわゆるムーシュ・サインに驚くほどよく似ています。

(ここで述べられている類似は少し大げさな表現だと最初は思いました。何度か見ているうちに、似ているなと、、、)
🟦 tie-like は "ネクタイ状" ではない
英語の tie-like は "ネクタイのような" ではなく、"帯状で、結び目のある形状を思わせる" という広い意味。
・"帯状の装飾"
・"帯状の布飾り"

この"結び目tie※"に付与された宇宙論的な意味を、どのように理解すべきでしょうか?
※ ここでも" tie " は、帯状の布が交差した形状を指します
古代バビロニアの宇宙論では、世界柱が金星と結びついた"結び目"と明確に関連づけられていたことは重要です。

たとえば、後期バビロニアの《イシュタルの讃歌》では、金星の女神が "天の結び目を保持する"と記されています。
「多くの星辰的モチーフが実際に証言されている.....《イシュタルの讃歌》は、神々の勧めによってアヌが彼女と結婚し、天空の支えの"結び目"を保持し支配するよう彼女に求めたことを伝えている」

※(原文)"Many astral motifs are, in fact, attested:...Ishtar's Elevation tells us that An married her on the urging of the gods and asked her to hold and rule the 'tie' (riksu) of the 'support (pulukku) of the sky (I|I 13-36)."
── W. HEIMPEL
"Mythologie, A. I," in E. Ebeling & B. Meissner eds., Reallexikon der Assyriologie, Vol. 8, 1993-1997

このアッカド語の天空の支えを示す語「プルク(pulukku)」は、シュメール語の「ブルグ(bulug)」と同一視され、メソポタミア宇宙論における世界柱の一般名です。

そして、世界柱がどこに見られても、その柱が輪飾り[宇宙論的な"結び・帯・巻き飾り"の象徴]や帯状の結び目のような装飾で飾られていることは偶然ではないでしょう。

この画像は、16世紀のメソアメリカに関する文献である『トバール写本(Tovar Codex)』に描かれた、アステカ暦の第10月「ウエイミッカイウイトル(Hueymiccaihuitl)」(または死者の大祭)の儀式を表したもの
・祭りの内容: 「ウエイミッカイウイトル」は、果実が熟す時期(乾燥期)に死者や火の神(ショコトル・ウエツィ)を称えるために行われた大規模なアステカの祝祭。
・儀式の描写:二人の少年が、先端に盾や白い羽根、サボテンを模したギザギザの棒などの神聖な装飾品(神の象徴)が取り付けられた高い丸太(柱)に、縄を使って登る"棒登り競争"の様子が水彩で描かれています。
・歴史的価値:この写本は16世紀後半にイエズス会の修道士フアン・デ・トバールによって編纂され、当時の先住民の暦や宗教儀礼、歴史を知るための貴重な視覚資料となっている。

エジプトの柱を見てみましょう。

その形状がアステカのゾコトル柱とよく似ていることは、すぐにわかります。

古代エジプトで世界柱を象徴する古典的な記号は、いわゆるジェド柱です。

ここでも、天の女王との結びつきを示す奇妙な結び目が見られます。

ランドル・クラークは次のように述べています。
「ジェド柱の観念は、それがしっかりと直立しているという点にある....ジェドという語は "安定した" "永続的な"を意味する。これを考慮すれば、ジェド柱が宇宙柱や天空の支えとして、さらには再生の象徴として用いられた理由は容易に理解できる....」

「すでに第二王朝のカセケムウィの時代には、よく知られた石碑に、ジェド柱とその下に置かれた奇妙な物体 ― ティト、布または革の結び目 ― から成る複合柱が描かれている。これはイシス、あるいは一般に母なる女神の象徴だった」

インド、ギリシア、メソアメリカ、エジプトの古い伝承を、異常な天文現象の比較的忠実な記憶として受け取るなら、そこに示される根底のメッセージは明らかです。極配置に関連する時期、世界柱としての火星は金星のすぐ近くに位置し、金星は帯や結び目のようにその周囲を巡って見えました。

タルボットと私の著作に親しんだ読者なら、これがまさに私たちが40年にわたり描写してきた金星の姿であることをよくご存じでしょう。

ここでは、常識と批判的判断が最終的な結論を導くべきです。
世界各地の古代文化が、目に見えない宇宙軸について思索にふけったり、創造的想像力によって、ひとりでに同じ世界柱の観念に到達したとは到底考えがたいことです。

古代メソポタミアの古バビロニア時代(紀元前2000〜1600年頃)に作られた、聖なる木とそれを挟む二体の牛人(ブルマン)が描かれたテラコッタ製レリーフプラーク。ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館などに同種の型押しプラーク(刻板)が所蔵されている。
・角のある神聖な冠をかぶり、中央の柱状の聖樹またはシンボルを支えるように立つ二体の人間と牛の合体姿(牛人)が表現されている。
・上部には放射状の太陽円盤または星のシンボルが配置され、当時の宗教的な宇宙観や豊穣への祈りを表している。(GoogleAI)

むしろ、世界柱に結びついた普遍的な宇宙創成伝承や儀礼慣行に視覚的な着想を与えたのは、目に見える天体構造であり、何らかの歴史的な契機となった天文現象であったはずです。

歴史的な原型 ─ いわば神的な模範 ─ はまず天上に存在し、その後になって地上の人々が宗教儀礼や建造計画において意図的にそれを模倣するようになりました。世界柱について言えることは、宇宙創成神話やそれに付随する象徴体系すべてについても当てはまります。

議論をまとめるなら、汎バビロニア学派やエリアーデが古代文化が世界各地で都市や聖なる構造物を天上の原型に従って配置したという驚くべき事実を強調したことは、まったく正しかった。どれほど理屈を並べて取り繕おうとしても、この膨大な証拠が消えるわけではありません。

エリアーデが誤ったのは、古代宗教が天文学的な決定因[天体の運行が、古代人の精神や宗教を構造的に決定づけていた、その支配的な作用]に由来し、歴史的な要素を備えていたという汎バビロニア学派の核心的洞察を手放してしまった点です。

おそらく最も重要なのは、エリアーデと汎バビロニア学派の双方が、古代の宇宙生成神話における破滅的な側面を無視するという根本的な過ちを犯したことです。後者は、先史時代の比較的最近に起きた惑星規模の破滅的災害に直接由来するものです。

エリアーデ自身も、「宇宙的大災害に関する神話は極めて広く普及している」と指摘していました。

証拠に基づく歴史的再構成に到達するためには、古代神話の研究者も現代の天文学者も、人類文明の起源へと立ち返り、惑星規模の破局を指し示す遍在する証拠と実際に向き合う必要があります。
ここで取り上げている証拠は、きわめて明白であり、既存の枠組みを揺るがすものです。

──おわり

Mika:
🟦 二重(入れ子)構造の核心
✶ 古代人の想像力 → 世界柱・宇宙軸を "創造した" とされる(Creation Below)
✶ 近現代の学者の想像力 → 古代人の想像力を "創造した" と解釈する(Creation Above)
つまり、学者が古代人の想像力を想像しているという入れ子構造。
これはまさに:
✔ Creation Above(学者の想像)
✔ Creation Below(古代人の想像)
という二重の "創造" とも重なっている。
そしてこの構造は、As above, so below(上なるものは下なるもののごとし)の反転版でもある。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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