意識の謎 ─ ベッカーが追求したもの
ロバート・ベッカー著『The Body Electric』第4部です。文章量が多い(10万字を軽く超える文字数)ので、前編と後編に分けます。前編が第13章と第14章、後編が第15章となります。
後編の15章は、地球の電磁気活動が生命に極めて大きな影響を及ぼしていることを踏まえ、人工的な電磁波エネルギーがどのような結果をもたらすのかをテーマとしています。
13章と14章では、これまでの研究から得られた知見と、そこから導かれた推論が語られています。興味深いのは、両章の結びが共通した方向を向いていることです。
13章は
「.... 記憶と感情という二つの深い源泉を解き明かす手掛かりを与えてくれるかもしれない。さらにそれは、インスピレーションと呼ばれる創造的思考の新たな統合が .... どのようにして湧き上がるのかを理解する助けになるかもしれない。その時、科学は初めて、自らの理性的側面を実りあるものにしている創造性の本質を理解し始めるだろう」
14章は
「もし地球全体をほとんど瞬時に巡る生体通信経路が存在し、それが生命そのものの起源に根ざしているとするならば .... もしそうなら、周神経直流系は、集合的無意識、直観、元型の源泉、神的あるいは悪魔的な高次知性、あるいはミューズそのものなど、さまざまに呼ばれてきたイメージと夢の大いなる源泉へ、私たちを導くことになるかもしれない」です。
ベッカーが生物における電磁気の働きを調べた研究の根底にあった強い思いは、"意識とは何か" という問いだったように思えます。
✴︎ 意識とは何なのか。
✴︎ どのようにして生まれたのか
✴︎ どのように進化してきたのか。
✴︎ それとも意識は生命が生み出したものではなく、生命そのものに先立って存在していたのか。
もしそうだとすれば、最初の意識とは何だったのかという問いに行き着きます。
第13章と第14章でベッカーが歩んだ道筋は、生体電気、生体磁場、記憶、進化、直観、創造性といった現象を、一つの連続した流れとして捉えようとする試みでした。
それが最終的に正しかったのか、最終的にどこへ至る道だったのかは分かりません。
しかしベッカーという人は、意識という謎に真正面から向き合い、その謎へ至る大きな一つの道筋を築いた人だったように思います。

第4部 生命の本質(前編)

The Essence of Life
身体が魂ではないとしたら、魂とは何なのか?
── ウォルト・ホイットマン
幻覚とは、単に普段気にする必要のない現実に過ぎない。
── ステラ・デノヴァ[架空の人物名]
※ 名前の“Denova” は de nova(ラテン語で "新たに" "再び")に近く、象徴的な語感を持つ。
「身体の星座」で、中国の鍼治療についての記述があり、その中で、星(星座)は鍼灸のツボを表している。
一口メモ:
ベッカーのこの二つの引用は、第4部の主題(身体=自己、そして知覚の境界の再定義)を象徴的に示す "鍵" になっている。どちらも章内容の方向性を暗示している。
⭐ 1. "And if the body were not the soul, what is the soul?" の意味
最初の一文は、"身体と魂は別物だ" という前提そのものを問い直すための挑発的な反問。
つまり:
身体と魂が別だとするなら、魂とはいったい何なのか?
そもそも分けられるのか?
という問い。
ベッカーの文脈では、
・"soul"=生命の秩序・個体性・パターン
・"body"=そのパターンを実際に保持し、自己を維持する物理的システム
として扱われるため、身体=魂の一部(あるいは魂そのもの)という考え方が前提に置かれている。
身体と魂は本来分離できないものではないか? という問題提起として理解するのが自然。
これは第4部のテーマ「生命のパターン(soul)を担うのは、身体の電気的制御系である」というベッカーの主張につながる。
⭐ 2. “A hallucination is merely a reality that we normally don't have to bother with.” の意味
これは非常にベッカーらしい言い回しで、知覚の境界を再定義するための挑発的な比喩。
ポイントは:
・"hallucination(幻覚)"=虚偽ではなく、通常の知覚系がフィルタリングしている "別の層の現実"
・人間は膨大な情報を受け取っているが、生存に不要なものは脳が "見ないことにしている"
・幻覚とは、そのフィルタが外れた状態であり、"異常" ではなく、別のレベルの現実へのアクセス
という考え方。
ベッカーは第4部で、身体の電気的制御系が "自己の境界" を決めているという議論を展開するため、この引用はその前段階として、
知覚される現実は、身体の制御系が選択した "狭い帯域" にすぎない。
幻覚はその帯域の外側の情報が流れ込んだ状態である。
という暗示になっている。
🌿 この二つの引用が暗示していること(まとめ)
・身体=魂(生命のパターン)である
→ 身体の電気的制御系が "自己" を形成する。
・幻覚=通常は知覚しない現実の層
→ 自己の境界は固定ではなく、制御系の状態で変化する。
つまり第4部は、
身体の電気的制御系が、生命のパターン(魂)と知覚される現実の境界を決めているというベッカーの核心に入る章であり、扉の二つの引用はその方向性を象徴している。
第13章 欠落した章
医学生は、研修の半ばで、学びの場が教室から病床へと移るにつれ、しばしば深く、自尊心を揺さぶられるような衝撃を受けるものだ。私の経験も典型的なものだった。というのも、1940年代には、この変化が今日よりもさらに鮮明だったからだ。
医学の科学的基礎を2年間学んだ後、クラスメートたちと私は、自分たちはかなり賢いと思い込んでいた。講義、ノート取り、実習、読書、復習、レポート、試験に明け暮れる長い昼とさらに長い夜の間、私たちは長きにわたる知恵の真髄を深く吸収し、人体や病気について知るべきことはすべて把握しているに違いないと確信していた。あとは、医師見習いとしてその知識をどう応用するかを学ぶだけのように思えた。
ところが、臨床部門の上級医師たち ― 科学色が薄かった時代のベテランたち ― のもとで学び始めると、私たちは現実に引き戻された。彼らの伝えたいことはすぐに明らかになった。結局のところ、私たちはそれほど多くのことを知っていたわけではなかった。誰一人、そうではなかった。私たちの学んだことは、それ自体としては申し分なかったが、ベルビュー病院の慌ただしい病棟では、物事が教科書通りに進むことはめったになかった。
その頃、私が出会った最高の教師は外科教授のジョン・マルホランド博士だった。花崗岩の絶壁を思わせる男で、鉄灰色の刈り上げ頭が、彼の妥協を許さない理想主義を際立たせていた。学生が怠慢や焦り、無関心を少しでも見せれば、彼は即座に短く叱責したが、どんなに汚れたアル中のホームレスであっても、医師を必要とする者には重々しいほど丁寧で、深い慈悲をもって接した。彼は19世紀に建てられた講堂で行われるデモ講義で、無数の症例と手技を示してくれたが、ただ一つの核心を繰り返し強調した。
「外科医は組織を切り、取り除き、並べ替え、傷を縫い合わせることはできる。だが、治癒を行うのは患者自身だ。
この奇跡の前では、常に謙虚でなければならない。組織には確かで繊細な優しさをもって接し、何より害を与えてはならない。我々は自然の助手にすぎないのだから」
どの教科書も、治癒の "いかにして" や "なぜか" を教えてはくれなかった。それらは科学的医学の基礎 ― 解剖学、生化学、細菌学、病理学、生理学 ― を解説していたが、それぞれが人体の特定の側面とその不調を扱っているに過ぎなかった。各科目において、人体はさらに各系に細分化されていた。例えば、筋肉や骨の化学的性質は、消化器系や神経系のそれとは別々に教えられていた。今日でも同じアプローチが用いられている。なぜなら、そうでなければ圧倒されてしまうほどの複雑さに対処するには、細分化が唯一の方法だからだ。この戦略は、宇宙船やコンピュータ、その他の複雑な機械を理解するには完璧に機能し、生物学においても非常に有用だ。しかし、それは "部分を理解すれば全体も理解できる" という還元主義的な前提につながる。そのアプローチは、生物の研究においては最終的に失敗に終わる ― だからこそ、代替となるホリスティック医学への需要が広まっている ― なぜなら、生命は人間がこれまでに作り出したどの機械とも異なり、常にその部分の総和以上のものだから。
精密で繊細な培養法を用いれば、動物から骨、心臓、膵臓、脳、あるいは神経細胞の集まりといったある程度の器官や組織を取り出し、数日から数週間、生かしておくことができる。西洋の現代生物学の多くは、こうした孤立した系のふるまいが、生体内でも同じだという前提に基づいており、それらは生体内にある時と同じように機能するものと仮定されている。
一方、イワン・パブロフの「身体は不可分の統一体である」という概念に基づくロシア生物学は、組織培養の結果に常に懐疑的であり、これらの "パラバイオティックparabiotic※" な反応は、動物全体を対象とした決定的研究への手がかりにすぎないと考えてきた。この見解の妥当性は、生命が断片化をほとんど許容しないという事実によって示される。最も単純な種を除けば、数個以上の細胞を取り除くと、秩序organization※が破壊され、したがって生物個体organism※そのものが失われる。仮にすべての器官や組織を個別に培養し、それらをフランケンシュタイン博士の怪物のように組み立てたとしても、現在の知識では、それは単なる "肉の寄せ集め" であって、生きた存在にはならない。
セント=ジェルジ・アルベルトがかつて書いたように、「生物学とは、あり得ないことの科学である」。私たちがすでに理解していることから、新しい発見を予測できることはほとんどない。
一口メモ;⭐ “parabiotic” reactions
parabiotic=本来一体ではないものを、人工的に結合して "擬似的な一体性" を作った状態
生物学では "並体結合(parabiosis)" が語源で、二匹の動物を血管レベルでつないで、循環を共有させる実験を指す。
ベッカーがここで言う "parabiotic reactions" は:
→ "本来の全体性を欠いた、人工的に切り離された組織が示す反応"
→ "擬似的な生命反応"
つまり、"本物の生命のふるまいではない" という含意。
✹ organization
・"組織化" "秩序" "構造" "まとまり"
・生命を生命たらしめるパターンのこと(ベッカーの思想の核心)
→ "生命の秩序" "構造的まとまり"
✹ organism
・"生物個体" "生きた存在"
→ "生物個体" "生体"
ベッカーはここで、秩序(organization)が壊れると、生物個体(organism)は存在できないと言っている。
※ セント=ジェルジ・アルベルトの引用は、生命は "既知の知識" からは予測できないほど複雑で、驚きに満ちているということを強調している。
こうした限界は1940年代のアメリカ医学では明確に認識されていたが、その後しだいに忘れ去られてしまったようだ。今日では多くの医師が、いくつかの空白が埋まれば、既存の基礎科学だけで病人を扱うために必要なものはすべて揃うと、暗黙のうちに考えている。その結果、彼らは木を見て森を見ない状態に陥っている。医学の基盤を成す諸分野のうち、身体がどのように働くかという全体像を描こうとするのは生理学だけだ。そのため生理学はしばしば "生物学の女王" と呼ばれるが、この領域でさえ統合は臓器ごとに行われている。しかし、すべての臓器の活動を調整し、情報を受け取り、伝え、蓄えることで断片を超えて全体を統合する一つの器官群 ― 神経系 ― が存在する。したがって、生命体全体をもっとも近い形で扱う分野は神経生理学であり、それは1940年代の時点ですでに、ほとんど独立した科学と言えるほど高度に発達していた。
一口メモ:要点
・生理学は "全体像" を扱うが、臓器単位の統合に留まる
・神経系だけが "断片を超えて全体を統合する器官群"
・神経生理学は生命体全体を扱うもっとも近い学問
・1940年代の時点で既に高度に発達していた
・現代医学は "基礎科学を積み上げれば全体がわかる" という錯覚に陥りがち
しかし、神経生理学でさえ、治癒という謎を説明することはできなかった。私が読んだ優れた教科書でさえ、この問題を完全に無視するか、あるいは曖昧な数段落で片付けていた。さらに、インターンシップや研修期間初期にベルビュー病院で得た経験から、医師の成功は技術的な腕前ではなく、患者に対して示す思いやりに大きく依存していると確信するようになった。患者が医師に対して抱く信頼は、多くの治療の結果に深い影響を与えていた。ペニシリンのように、それに感受性のある細菌に対して使用される特定の治療法は、毎回効果があった。しかし、他の処方については、それほど予測できなかった。患者がその治療法が効くと信じていれば、たいていは効果があった。そうでなければ、それがどれほど最新の治療法であっても、多くの場合、効果はなかった。
残念ながら、医師と患者の関係の重要性は、新しい科学的医学によって軽視されつつあった。新世代の医師たちは、この "信じる力" は実在しないものであり、患者は単に良くなっていると思い込んでいるだけだと主張した ― それは、日々の回診の際、少しばかりの柔軟な心と思いやりを持って注意を向けていれば、すぐにでも払拭できたはずの、全くのナンセンスだった。そのようなことを信じるに足る、解剖学的構造や生化学的プロセスは一切知られていなかったため、それは魔術の時代から残った幻想として一蹴されるようになった。
現在 "プラセボ効果" と呼ばれるこの現象が実証されたのは、それから数十年も経ってからであり、今もなお治癒過程の不可欠な要素として完全に受け入れられているわけではない。しかし、年月を重ねるにつれ、私はそれが心による身体への生理学的効果であり、風が木に与える影響と同じくらい現実のものだと確信するようになった。
治癒全般、とりわけその心理的要素に関する知識の欠如が、私の心に疑念の種を蒔いた。もはや、科学だけでは医療行為の十分な根拠にはならないと信じるようになった。外科医として、私は自分の病棟で相互作用の原則を実践しようと努めた。患者とより多くの時間を費やして会話し、身体的なケアを行うだけでなく、彼らを気にかけていることを伝えるようにした。当然のことながら、教師となってからは、自分の信念を他の人々に伝えようとした。経験を積むにつれ、私はますます、すべての教科書に一つの章が欠けていると確信するようになった。それは、すべてを結びつけ、私たち医師が回復しようとしている身体の調和を理解するのに役立つはずの章だった。
研究の世界に入ったとき、私を惹きつけた数多くの目標の中でも、比較的限定された目標 ― 治癒に必要な成長を刺激し、制御する要因を突き止めること ― を目指した。しかし、常に心の片隅には、医学校時代から私を悩ませてきた、より大きな疑問があった。
生物を統一し、すべての細胞を全体の必要に従属させているのは何なのか?
一体全体、その構成要素のどれ一つとして単独では成し得ないことを、全体としてどうして成し遂げられるのか?
何が生物を、自己完結的で、自己制御可能で、自己修復可能な存在にしているのか?
結局のところ、私は生き物を "生きている" ものたらしめているものが何なのかを知りたかったのだ。直感的に、その答えは永遠に神秘的な難問の中に隠されたままである必要はなく、科学的に解明可能だと確信していた。しかし、そのためには、前世紀からの名残、単純な機械論的ドグマではなく、科学からの新たなアプローチが必要となるだろう。前頁で述べた神経と再生に関する研究の結果、私は今や、その欠けていた一章の概略を少なくとも描き出せるようになったと信じている。
神経が身体の通信回線だということは、何世紀にもわたって知られていた。それでも、神経生理学者たちが集めたあらゆる情報からは、治癒の背後にある統合的要因は明らかになっていなかった。
マーク・シンガーは再生に神経が不可欠だと証明した。しかし、最近まで神経について知られていたすべてだった精巧な神経インパルスと神経伝達物質の系は、その過程では何の情報も伝えていない。神経は、より単純な種類の治癒においても同様に不可欠だ。ハンセン病や糖尿病は、時に四肢の神経機能を破壊する。こうなると、傷ついた四肢は治癒しないばかりか、実際の損傷範囲をはるかに超えて悪化することが多い。
私は、意識とその多様なレベル、睡眠、生体リズム、超感覚的体験など、神経インパルスでは十分に説明できない他の現実と関連付けて、このパラドックスについてしばしば考えたものだ。しかし医師として、私が最も関心を寄せていたのは、痛みの謎だった。
🌿 一口メモ
ベッカーの問題提起
・神経は再生に必要である
・しかし既知の神経信号系は再生を説明できない
・ならば神経にはまだ未知の機能があるはずだ
第13章の流れでは、この一文がまさに次の扉を開く合図になっている。
これは感覚機能の中で最も理解が進んでいないものだが、進化の過程で最も初期に現れた機能の一つに違いない。痛みがなければ、生物の設計はあまりにお粗末なものとなり、生き延びることはできないだろう。何が危険なのか、あるいはいつ防御行動をとるべきなのかを知る術が全くないからだ。痛みは触覚とは全く異なる。熱いコンロに指を置くと、まず触覚を感じ、その後、反射的に手を引っ込めた後に、明らかな時間差を置いて痛みが現れる。明らかに、痛みは別の経路で伝達されている。さらに、痛みにはさまざまな種類がある。皮膚の痛みは、頭や腹、筋肉の痛みとは異なる。もし神経生理学者を困らせたいなら、痛みの説明を求めてみればいい。
再生に関する研究を始めた当初、私は神経機能の別の仕組みに偶然たどり着いたことに気づいた。私は、ニューロンに沿ってゆっくりと変化する電流が流れ、その変動がアナログ的な方法で情報を伝達していると想像した。治癒におけるこれらの電流の役割に主眼を置きつつも、並行して他の研究テーマも追求した。そうした理由の一つは単なる好奇心からだったが、もう一つは、私の直流理論が治癒にどれほどの価値があろうとも、より広い文脈の中でその詳細を補完できれば、その理論が真剣に検討される可能性が高まると気づいたからだ。
治癒の研究において、私は系の出力側、つまり損傷部位に送られ、細胞が損傷を修復するよう導く電圧や電流のみを扱っていた。サイバネティクス[生物体の通信・制御機構に擬した電子機構を研究する学問分野]も常識も、生物が自己修復を行うには、まず自分が傷ついていることを認識していなければならないと教えてくれた。つまり、傷は痛みを伴わなければならず、その痛みは系の入力側の要素でなければならない。確かに、出力側が電流によって制御されているのなら、入力側が神経インパルスに依存していると仮定するのは理にかなっていない※。
※ 訳注:邦訳本『生命は生体電気で動く』では本箇所は「入力側も神経インパルスに頼っていると考えなければ筋が通らない」と訳されています。しかし原文は it made no sense to assume (〜と考えるのは筋が通らなかった)であり、文意は逆になります。文脈上もベッカーはここで神経インパルス説への疑問を述べています。
同時に、もう一つの問題が私の頭を離れないでいた。インパルスと電流は共存しているように見えたが、神経インパルスと電気に関して私たちの知る限りでは、それらが互いに干渉することなく同じニューロンを同時に伝わることはあり得ないと言われていた。今では、思いがけない幸運のおかげで、この両方の問題に対する解決策が得られている。その答えが導き出された経緯は、ある実験がしばしば無関係な別の実験を前進させること、そして政治が時折科学に利益をもたらすことを示している。
1960年代初頭、私がいくつかの研究論文を発表してから、何の予告もなく陸軍軍医総監室の大佐が訪ねてきた。彼は、私の研究を最初から追跡していたと言い、話し合いたいことがあると言った。彼は、私が鍼治療について聞いたことがあるかどうか尋ねてきた。
私は彼に、それは医学部で教わるようなことではないと伝えた。それについては読んだことはあったが、直接の経験はなく、効果があるのかどうかも分からなかった。
身体の星座
「間違いなく効果があることは断言できる」と彼は答えた。
「確実に痛みを和らげる。だが、その仕組みは分かっていない。もしそれが分かっていれば、陸軍は戦時中の衛生兵用にこれを採用するかもしれない。君の論文を読んだ後、我々の何人かは、再生現象と同じように、電気的な仕組みで機能しているのではないかと考えた。君はどう思う?」
それは私にとって新しい考えだったが、すぐに良いアイデアだと思った。神経生理学者たちは何十年にもわたって痛みを集中的に研究してきたが、痛みそのものや、麻酔薬や鎮痛剤による痛みの遮断について、依然として首尾一貫した理論は存在しなかった。西洋医学の生化学的な先入観のため、薬物以外の鎮痛法は真剣に検討されていなかった。もしかすると、物理的な手法こそが、痛みとは一体何なのかという手がかりを与えてくれるかもしれない。
私たちは数時間話し合ったが、その後大佐からは何の連絡もなく、私が彼のアイデアを掘り下げる機会を得たのは、10年以上も経ってからだった。1971年、共産党政権下の中国への入国を許可された最初期の西側ジャーナリストの一人として中国を訪れたニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ジェームズ・レストンは、鍼がただ一つの麻酔手段として用いられた手術をいくつも目撃した。また彼自身も、緊急虫垂切除術の後の痛みを、鍼によって和らげてもらった。彼の報道により、鍼治療は大きな話題となった。それは、医学界におけるスプートニク・ショック[1957年のソ連による人類初の人工衛星打ち上げの成功により、アメリカ合衆国を始めとする西側諸国が受けた衝撃感、および危機意識]に匹敵するものだった。まもなく、米国国立衛生研究所(NIH)がこの中国発の技術に関する研究提案を公募し、私はそのチャンスに飛びついた。
当時、西洋で主流だった見解は、仮に鍼治療が効果を発揮するとしても、それはプラセボ効果、つまり思い込みによるものだというものだった。したがって、臨床試験における偽薬と同様に、その効果は約3分の1の確率でしか現れないはずだった。最初の助成金を申請した人々の多くは、この考えを前提としていた。そして、針をどこに刺しても効果に差はないという結果も当然だった。そのため、初期の研究の多くは、この誤りを単に否定するにとどまった。中国は ― そしてどうやら米陸軍も ― とっくの昔にこの誤りを否定していた。大佐との会話を思い出し、私は、より筋の通った仮説を提案した。
鍼の経絡は、損傷の信号を脳へと伝える電気伝導体であり、脳はそれを受けて適切なレベルの直流電流を患部へ送り返し、その部位の治癒を促すと私は示唆した。また、脳が入力情報を統合する過程には、私たちが痛みとして解釈するメッセージが意識へと送られることも含まれていると仮定した。当然のことながら、その入ってくるメッセージを遮断できれば痛みを防ぐことができるはずであり、鍼治療はまさにそれを実現していると私は提案した。
どのような電流も、伝送ケーブルに沿った抵抗により、距離とともに弱まっていく。電流値や電圧が小さければ小さいほど、電流は急速に減衰する。電気技術者は、送電線に沿って一定間隔で増幅器を設置し、信号を元の強度まで回復させることでこの問題を解決している。ナノアンペアやマイクロボルト単位の電流の場合、増幅器の間隔は数インチ以内にしなければならない ―まさに鍼のツボのように!
私は、暗黒星[経穴]のような何百もの小さな直流電流発生装置が、経絡に沿って電気を送り出している様子を思い描いた。それは、中国人が二千年以上も前に試行錯誤の末に発見し、探求した内なる銀河のようなものだ。もしツボが本当に増幅器だとしたら、その一つに金属の針を刺して周辺の組織液と接続すれば、短絡を起こして痛みの信号を遮断できるはずだ。そして、もし中国人が信じていたように、この "星座" を通る目に見えないエネルギーの均衡した循環によって健康な状態が維持されているのだとすれば、さまざまな鍼の配置パターンによって電流の調和がもたらされる可能性は確かにある。とはいえ、治療のその部分については、西洋医学による検証はまだ行われていない。
西洋医学が鍼治療を受け入れる上で抱えていた最大の問題は、経絡 ― 皮膚のすぐ下にあるとされる "生きた電線" ― に対応する解剖学的構造が知られていなかったことだった。一部の研究者は、ツボの位置に感覚ニューロンの微小な集まりを発見したと主張したが、他の研究者はそれを探し求めても見つからなかった。
私の提案は、この問題に取り組むための便利な切り口を提供した。もし経絡やツボが本当に導体や増幅器ならば、それらの上にある皮膚は周囲の皮膚と比べて特定の電気的差異を示すはずだ。すなわち、抵抗は低くなり、それに応じて導電率は高くなり、ツボのまさにその場所で直流電源が検出できるはずだ。一部の医師、特に中国では、すでにツボ上の皮膚抵抗が低いことを測定しており、鍼の代わりに1秒間に約2回の低速パルス電流を使用し始めていた。もし、こうした皮膚抵抗の変化を確認し、ツボから流れる電流を測定できれば、鍼治療が西洋的な意味において実在するものだと判明し、物理的な構造の探索を自信を持って進めることができるだろう。
私は助成金を獲得し、その一部を使って、チャーリー・バックマンの最後の博士課程の学生だった、才気あふれる若手生物物理学者マリア・ライヒマニスを雇った。彼女の数学的才能と[アイデアを実験装置として形にする]実践力の組み合わせによって、私たちはすぐに成果を上げることができた。私たちは共同で、"ピザカッター" 型の電極を設計した。これは経絡に沿って転がしながら信頼性の高い連続測定値を得るための車輪状電極であり、また、各経穴周辺の測定値を地図状に表示するために、36個の電極を配置した正方形の格子も用意した。

「鍼灸のツボと経絡の電気生理学的相関」から引用
図1:経絡走査プローブ
テフロン製の本体は二つの部分から構成され、その間は柔軟な継手で連結されている。また先端部には重量を与えるための金属インサートが組み込まれている。電極本体は、ステンレス鋼製の車輪とステンレス鋼製の軸からなり、車輪とテフロンとの間の摩擦はごく小さい。このプローブ設計により、一定の接触圧が維持され、皮膚と車輪電極との間に引きずり抵抗が生じない。
図2:鍼点周囲の伝導度分布測定用多点プローブ
測定点は解剖学的位置によって定められ、さらに経絡走査プローブによって確認される。多点プローブの中心を測定点の上に配置し、各電極の伝導度を順次迅速に測定する。各電極はステンレス鋼製であり、テフロン製ホルダー内を垂直方向に自由に滑動する。接触は各電極自身の重量によって確保される。
マリアが最初に測定した経絡 ― 腕の外側と内側にある大腸経と心包経 ― では、半数のツボで予測通りの電気的特性が確認された。最も重要なのは、被験者全員において、同じツボが検出されたことだ。鍼治療は伝統、実験、理論が繊細に織りなされたものなので、他の経穴は実在しないものかもしれない。あるいは、単に私たちの機器が検出したものよりも反応が弱い、あるいは異なる種類のツボの可能性もある。また、測定結果からは、経絡が電流を伝導していることも示されていた。その極性は、両生類で解明した双方向系の入力側と一致しており、中枢神経系への流入を示していた。各ツボは周囲に比べて正の電位を示し、それぞれが固有の形状を持つ電界に囲まれていた。さらに、各ツボにおける電流強度には、10年前に直流系全体で発見した概日("約1日")リズムに重畳した、15分周期のリズムさえ確認された。この時点で、少なくとも主要な経絡図には、専門家の言うところの "客観的な実在の裏付け" があることは明らかだった。
🌿 一口メモ
この段落でベッカーが本当に言いたいのは「経絡が存在することを証明した」ではなく「少なくとも主要な経穴・経絡の配置は、被験者ごとに再現される電気的特徴を持っていた」ということ。だから最後の "an objective basis in reality" も、中国医学の理論全体が正しいと断言しているのではなく、経絡図は単なる迷信ではなさそうだという、かなり慎重な表現。

下図は、上の図の詳細な説明(原図)です。(「鍼灸のツボと経絡の電気生理学的相関」より)

図5:合谷(LI4)周辺の伝導度分布図
分布全体は卵形を呈し、その長軸は大腸経(LI経)に沿っている。等伝導度線は測定点を中心として同心状に広がり、互いに交差することなく閉じている。この分布様式は、中心部に特有の伝導特性をもつ独立した構造が存在することを示唆している。
図6:T4点周辺の伝導度分布図
この地点では、T経が約30度方向を変えるとされている。この分布図は、その方向変化に対応した予想どおりの偏りを示しているが、実際には元の軸から約45度近く偏位していることを示唆している。図の左側へ伸びる小さな葉状構造の意義については、現時点では不明である。
マリア、ジョー・スパダロ、そして私は、より高度な一連の実験に着手した。ある経絡に沿った六つの主要なツボについて、最も外側のツボに鍼を刺す際に、各ツボからの記録を取ることを計画した。直流理論が正しいならば、電位の変化はその経絡に沿ってツボからツボへと伝わるはずだ。しかし、この第2段階に入ろうとしたまさにそのとき、1年間で4本の論文を発表していたにもかかわらず、NIHは私たちの助成金を打ち切った。おそらく、NIHは鍼治療、少なくとも私たちが取り組んでいたような基礎研究への関心を失ったのだろう。それでも、私はかなり満足していた。入力系は、私が予測した通りに機能した。もう一つの大きな疑問は残っていた。神経インパルスを妨げずに電流を伝達するのは、どのような構造なのか?
もちろん、その答えは前の章ですでに明らかにしている。神経周囲細胞が電流を伝導しているようだ。しかし、1970年代初頭には、私たちはこれを推測しているに過ぎなかった。その証拠は、別個のプロジェクトとの相互交流によって、思いがけなく得られた。
医学研究の主な問題の一つは、人間の疾患に適した "動物モデル" を見つけることだ。癒合不能骨折の研究は特に困難だ。なぜなら、人間は他のほとんどの動物に比べて骨折治癒能力が劣っており、他の動物にとっては癒合不能は問題にならないからだ。骨の治癒における神経の重要性について学んだことを踏まえ、私は、骨折した脚に分布する神経を切断することでラットに癒合不能を生じさせることができるだろうと考えた。特に、神経が再生できないように神経の一部区間を丸ごと切除すれば、その可能性は高いはずだった。私はこのプロジェクトの一部を、当時レジデント課程を終え、私の研究室でフェローシップとしてさらに1年間研修を受けていた若手整形外科医、ブルース・ベイカー博士に任せた。
🌿 一口メモ
この段落の重要点は、ベッカーが「神経は骨再生に必要である」ことを逆向きに証明しようとしていること。
つまり、
・神経がある → 骨は治る
・ならば神経をなくす → 骨は治らなくなるはず
という実験設計になっている。
このあたりは、前章までの "神経は再生に不可欠" という仮説が、実験によって検証段階へ入る転換点。
※ 邦訳された『生命は生体電気で動く』p.271では「骨癒合を起こせる」と反対の意味に訳されています。原文の produce nonunions は「癒合不能(偽関節)を生じさせる」の意味です。文脈上も、ベッカーは神経切断によって治癒を阻害する実験モデルを作ろうとしています。
ブルースがこの複雑な外科手技を確立した後、私たちは複数のラットに麻酔を施し、それぞれの片脚への神経支配を除去したうえで、腓骨、すなわち下腿の細い方の骨を一定の方法で骨折させた。その後、毎日数匹ずつのラットに再び麻酔をかけ、顕微鏡観察のために骨折部を摘出した。同時にブルースは、神経が再生していないことを確認するため、切断した神経を調べた。除神経が成功したことは、顕微鏡所見と、処置側の脚が完全に麻痺していることの両方によって確認された。
その結果は有望であると同時に不可解なものだった。神経は再生せず、骨折した骨の治癒には通常の6~7日の2倍の時間がかかったが、神経がなければ理論的には全く癒合しないはずにもかかわらず、結局は治癒した。
神経の切断端は数日で死滅することはよく知られていたが、私たちは骨を折るのと同時に神経を切断していたため、切断端が生きている間、微弱ながらも治癒効果をもたらしていたのかもしれない。別の動物実験では、まず神経を切断した。3日後、脚の除神経が完全に進んだことを確認してから、再度手術を行い骨折させた。この時間差によって、真の癒合不能が得られると確信していた。しかし驚いたことに、骨の治癒は最初の実験シリーズよりも早かった。とはいえ、通常よりも数日長くかかった。
これはまさに説明のつかない謎だった。思いついた唯一の方法は、骨折の6日前という、さらに早い段階で神経を切断することだった。その一連のスライドが戻ってきたとき、脚が依然として完全に神経を失ったままのこれらの動物でも、骨折の治癒速度や治癒状態が正常な対照群の動物と全く同じだと分かった。そこで、ブルースが神経切断部位周辺から採取した標本を、より詳細に顕微鏡で観察した。その結果、その6日間の待機期間中にシュワン細胞の鞘が切除部の間隙を越えて成長していたことが判明した。神経周囲の鞘が修復されるやいなや、骨は正常に治癒し始めた。これは、少なくとも治癒を促す信号、すなわち出力信号が、神経そのものではなく鞘によって伝達されていたことを示している。生物学者たちが単なる絶縁体だと考えていた細胞が、実は本当の電気的伝導路だった。
🌿 一口メモ
この実験の発見は、神経線維が重要なのではなく、シュワン細胞鞘と周神経組織こそが治癒信号を伝えているらしい
というもの。
つまりベッカーはここで、"神経インパルスを運ぶ神経細胞" から "微弱直流を運ぶ支持組織" へ、主役を交代させている。第13章の中でもかなり重要な転換点。
統合の経路
第5章で触れた、1960年代初頭に精神科医ハワード・フリードマンと行った実験は、痛みのアナログ理論を強力に裏付ける最初の証拠となった。人間を含むすべての動物において、麻酔が効いてくると、四肢に見られる正常な負電位が弱まったり消失したりした。深い全身麻酔下では、電位が完全に逆転することが多く、四肢が正電位になり、脳と脊髄が負電位になった。
当時、私たちは感覚神経に沿って内向きに、運動神経に沿って外向きに流れるという双方向系についてはまだ知らなかったが、痛みを抑制する薬剤によって電流の流れが逆転させられていることは明らかだった。実験動物や、片腕にプロカイン[局所麻酔薬]を注射するなどの局所麻酔下にある人間では、その腕に限ってのみ負の電位が消失した。頭部の直流電位はまったく影響を受けなかった ― ただし、針を刺した瞬間を記録した、記録上にちょっとした振れが現れたのを除けば!※
※ 何か大きな変化が出るかと思ったら、出たのは針を刺した瞬間のピクッという反応だけだったという少し肩透かしを食らったようなニュアンス
さらに、直流電位は、痛みを説明するのに十分なほど緩やかに反応する。傷は通常、負傷してから数分、あるいは数時間経たないと、本格的に痛みを感じ始めない。この遅延は、毎秒30フィート[約9m]の速度で伝わる神経インパルスという観点からは、特に説明が難しいとされてきた。しかし、フリードマンと私がサンショウウオの四肢に損傷を与え、その四肢と頭部の電位をモニタリングしたところ、四肢の測定値の変化が、痛みの遅延とほぼ同じ時間後に頭部でも現れることが分かった。鍼治療においても同様に、その効果が感じられるまでに、通常20分以上という遅延が生じる。
また、電流を利用して麻酔効果を生み出すという逆の作用もできることが分かった。電流に対して直角に方向を合わせた十分な強さの磁場は、電流を磁気的に "固定" し、その流れを停止させた。カエルやサンショウウオを電磁石の極の間に配置し、頭部を前後に流れる電流が磁力線に対して垂直になるようにすると、化学薬品を用いた場合と同様にそれぞれの個体を麻酔することができた。また、磁気麻酔と化学麻酔の脳波(EEG)記録は同一だった。また、電気睡眠electrosleepの場合と同様に、脳に前側から後側へ電流を流して、覚醒時の通常の電流を打ち消すことで、同様の効果を得ることができた。
豆知識:Electrosleepとは?
・定義:安全で弱い電気パルスが目や耳の近くに配置された電極を介して脳を通過する技術。
・頭蓋電気療法刺激(CES)としても知られ、米国で採用されている用語。 食品医薬品局(FDA)。
・起源:20 世紀半ば、特にソ連で広範囲に発展した。
用途と効果
・目的:不眠症、不安、うつ病、慢性疼痛を治療するように設計されている。
・メカニズム:中枢神経系に影響を及ぼし、脳の振動を落ち着かせると言われている。
・有効性:最新のレビューではさまざまな結果が示されており、睡眠障害や気分状態を治すことを証明する強力な科学的証拠は限られているが、一部の患者はリラックスしていると報告している。
フリードマン博士との共同研究で得られた最も刺激的な成果の一つは、覚醒状態が痛みの知覚を変える可能性があるという証拠だった。すでに催眠を用いて患者の慢性疼痛をコントロールしていたフリードマンは、最も適した被験者数名に対し、針を刺してさえ感じられないほど深いレベルの腕のしびれという催眠暗示を与えた。その都度、被験者が深いトランス状態に達するにつれて、頭部の前頭部負電位が負の度合いを弱め、しばしばゼロに達することがわかった。その変化は麻酔の場合と同じ方向だったが、その程度はそれほどではなかった。その後、痛みの制御に関する暗示を与えると、プロカイン投与時と同様に、腕の電位が逆転した。逆に、対照群の被験者に通常の覚醒状態で片方の腕に強く集中するよう求めたところ、その腕の疼痛感受性が高まり、手の電位はより負の値となった。私たちは、この違いを利用して、その人が本当に催眠状態にあるのか、それとも単に協力しているだけなのかを判別できることが分かった※。
一口メモ:
ここはベッカーの論理が分かると、とても面白いところ。
まず実験結果を整理すると、
① 深い催眠状態になると
the frontal negative potential of the head became less negative
前頭部の負電位が弱くなる(ゼロに近づく)。
しかも、
The reading changed in the same direction as in anesthesia
麻酔のときと同じ方向に変化する。
② 腕の感覚が麻痺する暗示を与えると
the arm potential reversed just as it had in response to procaine
腕の電位がプロカイン麻酔のときと同じように反転する。
つまり、"痛みを感じない" と暗示されただけなのに、生体電気的には局所麻酔に近い状態が生じる。
③ 対照実験
一方、
concentrate forcefully on one arm
腕に強く注意を集中させると、
・痛みに敏感になる
・手の電位はより負になる
という逆の変化が起こる。
最後の文の意味
We found we could use this difference to determine whether a person was really hypnotized or just cooperating.
ここでいう this difference は、本当に催眠に入った人
・頭部電位が変化する
・腕の電位も変化する
・痛覚閾値も変わる
ただ協力しているだけの人("催眠にかかったフリ" をしている人)
・言葉では "痛くありません" と言える
・行動では協力できる
・しかし生体電気的変化は起こらない
という違い。
つまり、ベッカーは、
被験者が本当に催眠状態に入ったのか、それとも単に術者に合わせて演技しているだけなのかを、電位測定によって判定できることが分かったと言っている。
🌿 一口メモ
ベッカーが注目したのは、
"催眠で痛みが消える" ことではなく、
意識状態の変化が、生体電気系を実際に変化させること。
この結果は、心の状態 → 生体電気系 → 痛みの知覚という橋渡しが存在する可能性を示している。だから彼にとって催眠は心理学の話ではなく、神経生理学や生体電気学の話だったということ。
🌿 まとめ
この箇所、ベッカーの本全体の中でもかなり重要な橋渡しになっている。
・深い催眠状態では、前頭部の直流電位は麻酔時と同じ方向に変化する。
・"腕の感覚がない" という暗示を与えると、腕の電位は局所麻酔(プロカイン)と同様に反転する。
・逆に、腕に意識を集中すると痛みへの感受性は増し、手の電位はより負になる。
・ベッカーは、意識状態の変化が生体電気系を実際に変化させることを示した。
・この電位変化を利用して、"本当に催眠状態にある人" と "単に協力して演技している人"を区別できた。
特に面白いのは、
催眠で痛みが消えた
ではなく、
催眠によって生体電気状態そのものが変化した
というところ。
ベッカーはしばしば "心と身体" を別々に扱わないけれど、この実験はまさにその考え方を示している。
そして第13章全体を振り返ると、
・経絡
・神経鞘
・直流電流
・催眠
・痛み
バラバラの話ではなく、"情報はどのように身体全体へ伝わるのか" という一つの問いに収束していくのが見えてくる。
一部の懐疑論者(残念ながら私自身も含む)は、催眠鎮痛とは、患者が依然として痛みを感じているものの、それに対して反応しない状態に過ぎないと信じていたが、これらの実験により、それが痛みの知覚に対する真の遮断だと証明された。脳は、体の他の部位の直流電位を "意のままに" 変化させることで、痛みを遮断できるようだ。
バイオフィードバックやヨガによる痛みの制御も同様に、痛みの信号を減衰させる生来の回路を利用し、それによって体内の天然の鎮痛物質が放出されることで機能していると推測するに足る十分な根拠がある。信号が適切に調整されると、エンドルフィン(体内で産生されるオピエート様[アヘン様]物質)が放出される。これは、オピエート拮抗薬、ナロキソンを注射すると鍼治療による麻酔効果が打ち消されるという実験結果からも明らかだ。私は、この系の研究が進めば、やがて私たちは心だけで痛みや治癒、さらには成長まで制御できるようになると予測している。
🌿 一口メモ
この段落の核心は、催眠鎮痛は "痛いけど我慢している状態" ではなかったという点。
ベッカーの実験では、
・催眠によって生体電気状態が変化する
・痛覚そのものが変化する
・エンドルフィン系が関与している可能性がある
ことが示された。
つまり、"意識の変化" → "生体電気の変化" → "痛覚の変化" という流れをベッカーは見ていた。
ベッカーは、
・催眠
・バイオフィードバック
・鍼麻酔
・エンドルフィン
・生体電気
という観察結果から、心が生体電気を制御し、生体電気が身体を制御するという仮説を立て、その延長として医師への依存は大幅に減るだろうと述べている。ベッカーのビジョン。
神経周囲直流(DC)系の直接的な証拠は、ここ数十年にわたり徐々に蓄積されてきた。ラットの脳のグリア細胞において電流が検出されたのは、早くも1958年のことであり、カエルの脳における直流の正確な測定(長らく無視されてきたものの)は、1940年代初頭のラルフ・ジェラードとベンジャミン・リベットの研究にまでさかのぼる。電子顕微鏡による研究では、すべてのシュワン細胞の細胞質が、隣接する膜の孔を通じて互いに連結されており、電流に必要な途切れない経路を提供し得る合胞体を形成していることが示されている。その他の神経周囲細胞 ― 上衣細胞やグリア細胞 ― もおそらく同様の方法で連結されていると考えられる。というのも、その神経系が異常に大きな細胞を持つことから広く研究されているヒルのグリア細胞にも最近、合胞体性連結が発見されているからだ。近年、選択的放射線を用いてシュワン細胞を単離した実験により、再生に不可欠な神経刺激を供給しているのは、神経線維ではなく、シュワン細胞だと示された。
🌿 一口メモ
この段落でベッカーが言いたいのは、シュワン細胞は単なる絶縁材ではないということの構造的証拠。
・シュワン細胞同士は連結している
・合胞体(シンシチウム)を形成している
・電流が途切れず流れる経路になりうる
・再生信号は神経線維ではなく、この支持細胞ネットワークを流れているのかもしれない
という論理。
だから、合胞体性連結 syncytial links は単なる細胞接着ではなく、"広域の直流電流ネットワークを成立させる連結構造" として登場している。🌿
より高性能な磁力計の発明により、現在では広く認められている決定的な証拠が得られた。いかなる電流も、その周囲に自動的に磁場を発生させる。したがって、神経周囲の電流がその変動によって情報を運んでいるのであれば、その情報は身体を取り巻く磁場にも反映されるはずであり、その磁場の変動を測定すれば同じ情報が得られるはずだった。私がこの考えを初めて提唱したとき、多くの同僚はそれをまったくのナンセンスだと一蹴した。当時、そのような微弱な電流が生み出すほど弱い磁場を測定できる機器は存在しなかったため、私は彼らの誤りを証明できなかった。人体が、コンパスの針や当時利用可能だったその他の磁場検出器に何の影響も及ぼさないことは、誰もが知っていた。
その後、1964年にブライアン・D・ジョセフソンという半導体物理学者が、現在 "ジョセフソン接合" と呼ばれる電子デバイスを発明した。これは単純な装置だが、彼にノーベル賞をもたらした。基本的には、これは二つの半導体を接続したもので、その間を電流が制御された形で変動する仕組みだ。今日、この装置は、特にコンピュータ分野で多くの用途がある。
液体ヘリウム中で絶対零度近くまで冷却されると、それは超伝導体となり、電流が際限なく行き来するようになる。超伝導とは、通常の導体に見られるような抵抗なしに、電子が物質中を通り抜ける現象だ。この装置は、超伝導量子干渉計(SQUID)と呼ばれ、従来知られていたどの磁場検出器よりも数千倍も感度が高い。
🌿 一口メモ
ベッカーの論理は非常にシンプルで、
生体内に直流電流がある
↓
電流があれば磁場が生じる
↓
SQUIDなら超微弱な磁場も測定できる
↓
生体電気系を間接的に観測できる
という流れ。
このあたりから、話は "電流" から "生体磁場" へ広がっていく。
1963年、G・M・ブールとR・マクフィーは、200万巻のコイルという、当時最良の旧式な装置を用いて、人間の心臓が生み出す比較的大きな磁場を、かろうじて測定することに成功した。その後1971年、地球の磁気やあらゆる人工磁場を遮断した無磁場チャンバー内で、当研究所と初期の頃から連絡していた MITのフランシス・ビター国立磁気研究所のデビッド・コーエン博士が、SQUIDを用いて初めて人間の頭部の磁場を測定した。2種類の磁場が確認された。
急速に反転する交流磁場は、神経や筋肉内の交互に向きを変えるイオン電流によって生じる。心臓の細胞は同期して収縮するため、心臓でその磁場が最も強くなる。また、SQUIDによって、神経周囲直流系の存在を確認した。この系は、特に脳において、約0.5ガウスという地球の磁場の10億分の1の強さの安定した直流磁場を生成する。
🌿 一口メモ
この段落のポイントは、ベッカーの神経周囲直流系が
・理論
・間接証拠
だけでなく、SQUIDによる生体磁場測定によっても支持され始めたこと。つまり、"電流があるなら磁場があるはずだ" という予測が、ようやく技術の進歩によって検証可能になった。
ベッカーにとって、SQUID は、神経周囲直流系を "見る" ための新しい目だった。
1975年までに、ニューヨーク大学のサミュエル・ウィリアムソン、ロイド・カウフマン、ダグラス・ブレナーは、遮蔽室を用いることなく、マンハッタン中心部の電磁ノイズの中でさえ頭部の磁場を測定することに成功した。さらに重要なことに、彼らは脳磁図(脳磁気図、MEG) - すなわち脳の磁場変化を記録したもので、脳波(EEG)に対応する記録 - が、しばしば EEGよりも精神活動を正確に反映することを見いだした。磁場は硬膜、頭蓋骨、および頭皮を拡散することなくそのまま通過するため、MEG は EEG測定よりも電流源の位置を正確に特定できる。その後、ニューヨーク大学の研究グループは、単純な図形や閃光に対する視覚野の細胞の反応など、よく知られた脳の応答と磁気的事象との対応関係を調べ始めた。
脳が何らかの刺激に反応するときには、EEGに含まれる電気活動の波が生じる。しかし、標準的なEEG記録では、その波は見ることができない。なぜなら脳内では常に他の多くの活動が同時進行しているからだ。ところが、単純な刺激を何度も繰り返して与え、そのEEG波形をコンピュータで平均化すると、その特定の刺激に対する固有の電気的応答を取り出すことができる。この応答は "誘発電位evoked potential" と呼ばれる。研究グループは時間をかけて、特定の意味をもつ波形について小さな語彙集ともいうべきものを築き上げてきた。その中には "驚き波surprise wave"、"意図波intention wave"、さらに "二度見波double-take wave" が含まれる。この "二度見波" は、たとえば「彼女はラジオから飲み物を飲んだ」という文のような意味的に不合理な表現に出会ったとき、心がそれを理解しようとして一瞬立ち止まる際に現れる。
🌿 一口メモ
この段落で面白いのは、脳は意味のない文に対しても反応するという点。
ベッカーが紹介している研究では、
「彼女はラジオから飲み物を飲んだ」
のような意味的に破綻した文を聞いたとき、脳はその異常を検出しようとして特有の波形を発生させる。
つまり、MEG や EEG は単に電気活動を測るだけではなく、人が何を理解し、何に驚き、何を理解できなかったかまで映し出し始めていたということ。
これまでの MEG研究の成果を総合すると、あらゆる電気的誘発電位には、それに対応する磁気的誘発電位が伴っていることが明らかになりつつある。これは、誘発電位と、それを構成要素として含むEEGが、真の電気活動を反映していることを意味する。すなわち、それらは、かつて考えられていたような、神経インパルスが同期して一斉放電した結果として生じる見かけの現象artifactではない。
MEGの構成要素の一部は、そのような神経インパルスの加算効果から生じている可能性がある。しかし、そのほかの側面は、脳内に存在する直流電流、とりわけ脳内中央部を前方から後方へ流れる直流電流の存在を明確に示している。ただし、MEGにはEEGに見られる高周波成分は現れない。このことは、両者の一部の成分が異なる起源から生じていることを示唆している。
一口メモ:この段落は
・ベッカーが否定している旧来説
EEGは神経インパルスの同期した一斉放電が作る見かけの波形にすぎないという解釈。
・ベッカーは MEGの結果から、
EEGや誘発電位は、実在する生体電気現象を反映している。しかもその一部は、神経インパルスでは説明できない直流系に由来している、ということ。
つまり、
MEGでも同じ信号が観測された
↓
ならば EEGは測定上の幻ではない
↓
脳には本当に電流が流れている
↓
その一部はベッカーのいう直流神経周囲系と関係しているかもしれないという論理。
"アーチファクト説" から "実在する電気活動説" への転換が起きている
あらゆる反応や思考が誘発電位を生じるように見えることから、直流系は精神活動のあらゆる段階に直接関与しているように思われる。少なくとも、この電気的鞘electric sheathはバイアス制御装置として働いており、いわば背景で働く安定化要因として、神経インパルスが適切な方向へ流れるよう保ち、その速度や頻度を調節している。しかし、このアナログ構造は、おそらく精神活動においてさらに積極的な役割を果たしている。神経周囲系の各部位における電流の変動は、私たちが頭の中で行うあらゆる判断、あらゆる解釈、あらゆる命令、あらゆる逡巡、あらゆる感情、そして意識的か無意識的かを問わず、内なる独白の一語一句にまで関与しているように思われる。
一口メモ:ベッカーはかなり大胆なことを言っている。
神経インパルスは単なるデジタル信号系であり、その背後の神経周囲直流系こそが、思考・感情・判断の流れそのものに関与しているのではないかという仮説。
第13章の流れから見ると、鍼灸や再生や MEGの話が、最終的に "心とは何か" という問いへ収束し始めている箇所。
ベッカーは
◉デジタル系
神経インパルスを
・発火する/しない
・ON/OFF
・パルス
・情報伝達
として描いている。
一方、
◉アナログ系
神経周囲直流系を
・電位が連続的に変化する
・強弱がある
・勾配がある
・全体に広がる
として描いている。
だから、アナログ構造はベッカーの頭の中では神経周囲直流系そのものを指している。つまり彼は、従来の神経科学が心=神経インパルスと考えていたのに対して、ここではかなり大胆に、
・神経インパルスは表層の情報伝達にすぎないかもしれない
・心の流れそのものは、神経周囲直流系というアナログな電気ネットワークの中で起きているのではないか、と言い始めている。
ベッカーは、
・判断
・解釈
・命令
・ためらい
・感情
までも、このアナログ系が関与している可能性を示唆している。
🌿 まとめ
・ベッカーのいうアナログ構造は、単なる "アナログ回路" ではなく、神経周囲直流系を指す。
・神経インパルス(デジタル系)が情報を運ぶのに対し、直流系(アナログ系)は思考や感情の背景状態そのものを形成している可能性がある。
・この段落でベッカーは、生体電気学を "再生の理論" から "心の理論" へ拡張し始めている。
このあたりまで来ると、第13章は生理学というより、ほとんどベッカーの心の哲学といえる。
しかし、アナログ系のこの部分の役割は、身体の他の部分におけるその統合機能に比べ、はるかに理解が進んでいない。神経周囲細胞は、神経系のあらゆる部分に存在する。皮膚にある、ミエリン鞘に覆われていない感覚神経の最も細い枝でさえ、シュワン細胞に囲まれている。したがって、神経周囲系は神経そのものと同様に、身体の諸プロセスを統合するために均一に分布している。それらは身体のあらゆる部位に及んで、各細胞の周囲に正常な電気的環境を作り出し、必要な場合には治癒や成長を促進する電気的環境を作り出す。同様に、シュワン細胞は、損傷に伴う電流とその副産物である痛みを中枢神経系(CNS)へ伝達することで、生体が体内のどこで生じた損傷の種類や程度を感知できるようにしている。足の親指の先端にある最も遠方のシュワン細胞の前哨基地から出発し、脊髄を通って脳のあらゆる領域へ至る "驚異の旅Fantastic Voyage※" をすることもできるだろう。実際には、電子が私たちの生涯を通じて絶えずその旅を続けている。
一口メモ:Fantastic Voyage は1966年の有名なSF映画(邦題『ミクロの決死圏』)の原題。
・"fantastic voyage" は SF映画『ミクロの決死圏』への言及。
・ベッカーは神経周囲系を、足先から脳まで連続する一つの電気的ネットワークとして描いている。
・"前哨基地 outpost"という表現からも、シュワン細胞ネットワークを身体全体に張り巡らされた通信網として捉えていることが分かる。
・最後の一文で比喩が現実へ反転する。"旅をしている" のは想像上の探検家ではなく、実際の電子そのもの。
このように、私たちの体には、複雑で多層的な自己調節フィードバック機構が備わっている。心理的なレベルでは、人の感情が治癒の効率や痛みの程度に影響を与えることは知られているが、生理学的レベルにおいても、感情が痛みや治癒を直接制御する電流を調節することで効果を発揮していると信じるに足る十分な理由がある。
これらの発見は、プラセボ効果や医師と患者の信頼関係の重要性について、検証可能な物理的根拠を与えてくれる。また、シャーマンや信仰治療者、聖人による "奇跡" 的な治癒や、幻視、祈り、ヨガ、あるいは戦場の恐怖を通じて報告される自然治癒を理解するための鍵となるかもしれない。
メニンガー財団では、エルマー・グリーンが長年にわたりバイオフィードバックを用いて心身の関係を探求してきた。グリーンは、ある被験者が編み出した、ヨガによる痛みと治癒の完全な制御について詳述している。その被験者は、それ以外はごく普通のビジネスマンだった。彼は釘のベッドに横たわっても痛みを感じず、釘の刺し傷から出血していると告げられると、頭を向け、傷口を見つめ、即座に出血を止めた。
バイオフィードバック、記録電極、そしてSQUID磁力計を組み合わせることは、心の治癒力をさらに探究する次の段階にとって、理想的な実験系と思われる。バイオフィードバック、記録用電極、そしてSQUID磁力計を組み合わせたものは、心の治癒力に関する次の段階の探究にとって理想的な研究手法の組み合わせだと思われる。
一口メモ:
・心の状態を変える(バイオフィードバック)
・生体電気を測る(電極)
・生体磁場を測る(SQUID)
を同時に行えば、"心" → "生体電気" → "治癒" の関係を直接追跡できるかもしれない、という構想。
さらに、このアナログ系は神経インパルス系と同様に、意識と無意識の両方の水準で同時に働いているように見えるため、両者の領域をまたぐ他のさまざまな統合機能を理解するうえで、まだ十分に理解されていない欠けていた連結環となる可能性がある。それはついに、記憶と感情という二つの深い源泉を解き明かす手掛かりを与えてくれるかもしれない。さらにそれは、インスピレーションと呼ばれる創造的思考の新たな統合が、地下で静かに力を蓄えてきた菌糸からキノコが突然現れるように、どのようにして湧き上がるのかを理解する助けになるかもしれない。その時、科学は初めて、自らの理性的側面を実りあるものにしている創造性の本質を理解し始めるだろう。
🌿 一口メモ
この段落でベッカーは、
・再生
・経絡
・生体電気
・神経周囲直流系
の話を超えて、
・創造性とは何か
・インスピレーションとは何か
・意識と無意識はどう結び付いているのか、という問いに到達している。
第13章は生体電気学の章であり、同時にベッカーの "心の理論" の序章になっている。

第14章 地球と共に呼吸する
人生における大きな変化は、往々にして、ごく些細な出来事から思いがけない形で始まる。1961年当時、私が面識すらなかった人物を犬が噛んだという出来事がきっかけで、私は自分の研究の中で最も興味深い分野の一つに携わるようになった。
サンショウウオを対象にした私の最初の電気的測定によって、直流制御系の一部が明らかになったばかりだった。初歩的な物理学の知識から、電流およびそれに関連する電磁場は、何らかの形で外部場の影響を受けるに違いないと私は考えていた。工学的な用語で言えば、生体磁場は直流電流と結合していることになる。したがって、外部場によって生体磁場に与えられた変化は、電流の乱れを通じて "読み取れる" ことになる。外部の磁場は、特に電流が半導体的な性質を持つ場合には、生体磁場を媒介とせずに、電流そのものと直接結合することになるだろう。要するに、このようなシステムを持つすべての生物は、地球の電磁場に接続されているという共通の体験を共有しており、その電磁場は月や太陽に応じて変化する。
18世紀後半、ウィーンの催眠術師で治療家フランツ・アントン・メスメルは、天体から地上の身体へ直接的な磁気的影響が及ぶと提唱したが、彼の考えは、科学的に容認しがたい占星術の分野に基づくものだった。ニコラ・テスラという特筆すべき例外を除き、著名な研究者のほとんどは最近までこの説を嘲笑してきた。私は、この直流系こそが、地球物理学と生物の応答との間に存在する、これまでとはまったく異なるが確かに実在する連関における欠けていた連結環なのではないかと考えた。私はそれを調査したいと強く願っていたが、当初はその方法がわからなかった。
私は整形外科医であり、人の行動様式を真剣に研究するために必要な精神医学の専門知識からは、これ以上ないほどかけ離れていた。だが、仮に何かを発見したとしても、いったい誰が私を信じるだろうか。私が自分の専門分野からそこまで踏み出したならなおさらだ。当時の科学にとって、その発想自体が荒唐無稽なものだった。それでも、私は何か手を打たなければならなかった。
1957年から58年にかけての「国際地球物理年(IGY)」の間、私はオーロラ観測プログラムのボランティアとして活動していた。地球の磁場の変化に応じて、北緯帯全域でオーロラが同時に現れるかどうか(実際に現れた)を調べるため、IGYの主催者たちは世界中のアマチュア観測者からなるネットワークを組織し、毎晩自宅の裏庭に出て空を観察するよう呼びかけた。私たち全員が、バージニア州フレデリックスバーグにある国立磁気観測所から、磁場の状態に関する週報を受け取っていた。私はこのデータを遡って調べ、太陽の磁気嵐によって引き起こされた地球磁場の乱れと、私たちのVA病院[退役軍人病院]への精神科入院率との間に何らかの相関関係があるかどうかを調べることにした。
私にとって幸運なことに、ちょうどその頃、病院の心理部長、ハワード・フリードマンが、地元のボーイスカウト団のために戸別訪問で寄付金を集めていた。ある家で、その家の飼い犬が彼を一目見て嫌ったのか、足首を噛んでしまった。傷に包帯を巻いた後、ハワードのかかりつけ医は彼に破傷風の追加接種を行った。運の悪いことに、ハワードは発熱、倦怠感、吐き気、そして全身の関節の痛みを伴う腫れといった、まれなアレルギー反応を起こしてしまった。
私が最も近い骨と関節の専門医だったため、ハワードは私のところへ来た。この種の反応は恐ろしいが、危険ではなく、1~2日で自然に治まる。私が診断を下し、彼を安心させた後、私たちは数分間座って話をした。病院の運営上の問題点について少し雑談した後、彼は私のオフィスの壁一面に貼られた書類を指さし、「あのチャートはいったい何ですか?」と尋ねた。私は彼に、磁気に関して抱いていた着想について話した。
彼は明らかに、私がカルテをつけている入院患者たちと同じくらい私の頭がおかしいと思い、おそらく私が先ほど与えた助言についても疑問を抱いたのだろう。しかし、その背景にある事情を聞いて、彼は思ったほど馬鹿げたことではないと分かり、協力すると申し出てくれた。彼はすでに尊敬される研究者であり、しかも現実的で偏見のない人物だったため、私にとってはまさに大きな転機となった。私の "診断" は正しかった。そして、私たちの共同研究は20年近く続いた。
ハワードの評判のおかげで、私たちは州立精神病院の記録にアクセスでき、統計的に有用な十分な規模のサンプルを得ることができた。私たちは、八つの病院における2万8千人以上の患者の入院記録を、過去4年間に発生した67回の磁気嵐と照合した。そこには明らかな相関関係があった。磁気擾乱の直後には、磁場が安定している時期に比べて、精神科への入院者が有意に多かった。もちろん、人が精神科の助けを求めるかどうかは多くの要因に左右されるため、このような発見はあくまでさらなる調査への指針に過ぎない。しかし、これほど多くの患者を対象とすれば、他の要因の影響は相殺されると私たちは考えていた。
次に、すでに入院している患者で同様の影響がないか調べた。治療の変更がなく、今後数ヶ月間VA病院に滞在する予定の統合失調症患者12名を選定した。病棟の看護師に対し、8時間ごとのシフトごとに、患者の行動に関する標準的な評価表に記入するよう依頼した。その後、その結果を、オンタリオ州とコロラド州にある政府の観測所から2時間ごとに取得された宇宙線測定値と相関分析した。磁気嵐は一般的に、地球に到達する宇宙線の減少を伴うため、こうした減少の期間中に患者の行動や気分の変化が見られるのではないかと考えた。磁気嵐と地球磁場のその他の変動を区別することが困難なため、磁場強度の直接的な測定値ではなく、宇宙線を用いることにした。
看護師たちは、宇宙線の減少から1~2日後に、ほぼすべての被験者において様々な行動の変化を報告した。この時間差は示唆に富むものだった。というのも、飛来する放射線の一種、太陽起源の低エネルギー宇宙線バーストは、その1〜2日後に地球磁場へ強い擾乱をもたらすことが知られていたからだ。
この成果に勇気づけられ、私たちは1967年に、次章でより詳しく述べる実験を通じて、異常な磁場が実際に人間や動物の様々な反応に異常を引き起こすことを確認した。また、地球の磁場の通常の強さの10倍から20倍の磁場にさらされた人間では反応時間が遅くなり、ウサギでは全身的なストレス反応が見られることを発見した。したがって、私たちは、地球の通常の磁場が、直流系による身体機能の制御を正常な範囲内に保つ上で主要な役割を果たしているのではないかと推測した。この考えの証拠は、主としてノースウェスタン大学のフランク・アーサー・ブラウン・ジュニアと、ミュンヘンのマックス・プランク研究所で研究していたリュトガー・ウェーバーの二人の研究によってもたらされた。
すでに著名な内分泌学者であったブラウンは、1950年代に生体周期biocyclesに関心を寄せるようになった。ほとんどの生物が代謝活動の概日リズムを持っていることは周知の事実であり、多くの人々はそれが昼夜の交代、あるいは沿岸生物の場合は潮の満ち引きと直接結びついていると想定していた。
例えばカキは、潮が満ちて塩水に覆われるたびに、餌を求めて殻を開けた。これは単純で明白な観察結果だったが、ブラウンはそれを当然のこととは受け止めなかった。彼にとって驚きだったのは、光、温度、水位が一定に保たれた水槽内のカキでさえ、浜辺のカキたちと同じリズムで殻を開閉し続けたことだ。その理由を突き止めるため、ブラウンは遮光ボックスに入れたカキをニューヘイブンからイリノイ州エバンストンの自身の研究室へ空輸した。
当初、カキたちはコネチカット州のカキと同じリズムを保っていたが、数週間後には、エバンストンがもし海岸沿いにあったならば見られたであろう潮の満ち引きのリズムへと徐々に移行していった。カキは、自分たちが1,000マイル西へ運ばれたことを認識していただけでなく、時差ボケにも悩まされていた!

磁場への反応から生体周期についてさらなる知見が得られる生物を探していたブラウンは、世界中の潮間帯に生息するムシロガイ属の巻貝[ナッサリウス・スネイル]に目をつけた。研究室で、彼は磁気南を向く出口のある箱の中に、一様な照明の下で巻貝を置いた。早朝に箱から出たとき、巻貝は西へ向かった。正午に出たときは東へ向かったが、夕方になると再び西へ向かうコースをとった。さらに、新月や満月の日には巻貝の進路は西にそれ、半月の時期には他の時期よりも東に向かう傾向が見られた。
この実験とそのほか多くの実験から得られたブラウンの精密なデータは、ナッサリウスNassariusが二つの時計をもっていることを示していた。一つは太陽時に従い、もう一つは太陰時に従う時計だ。そして、その後の磁石を用いた研究は、それらの時計がどのように機能しているのかについて手掛かりを与えた。エバンストンにおける地球磁場の強さは平均0.17ガウスだった。ブラウンが自然の地磁気を強めるために、南北方向に向けた1.5ガウスの永久磁石を巻貝の出入口の下に設置すると、貝はより鋭く方向転換するようになったが、進行方向そのものは変化しなかった。ところが、磁石あるいは飼育容器をさまざまな角度だけ回転させると、巻貝はそれに応じて一定の角度だけ進路を変えた。ブラウンは次のように結論した。
「巻貝は磁場の方向を検知するための二つの方向検知アンテナを備えており、その一方は太陽日のリズムに従って、もう一方は太陰日のリズムに従って回転しているように思われた」
この重要な実験は、生体周期が地球磁場に依存していることを示しただけでなく、その結び付きはきわめて微妙なものだと明らかにした。もはや私たちは、酸素濃度や食物供給量、あるいは温度の変化がもたらす影響と同じように、磁気環境の変化が生命に及ぼす影響を明白なものとして期待することはできなかった※。
※ 一見、矛盾しているように受け取れますが、結び付きは存在する。だが、その影響は目に見えて大きいとは限らない、その作用は非常に繊細で見えにくい。というのがベッカーの主張。
ブラウンの研究が進むにつれて、地球電磁場そのものの精妙な性質についても理解が深まっていった。均一に磁化された鉄の棒磁石の周囲に見られるような静的で単純な磁場とはほど遠く、地球磁場は多くの成分から成り、それぞれが独特の性質を備えていることが明らかになった。
19世紀末、地球物理学者たちは、地球磁場が月の公転に伴って変動することを発見した。同じ時期に、人類学者たちは、文字を持たない文化の多くが暦を主として月の運行に基づいて定めていたことを明らかにしつつあった。これらの発見を受けて、スウェーデンの自然哲学者であり "イオン化学の父"として知られるスヴァンテ・アレニウスは、この潮汐に伴う磁気リズムこそが、当時知られていた数少ない生体周期を調節する生得的な時刻保持機構ではないかと提唱した。
それ以来、私たちは身の回りのエネルギー構造に生じる他の多くの周期的変化についても知るようになった。
✹ 地球の電磁場は、その大部分が、地球内部の溶融した鉄・ニッケル核から生じる磁場そのものと、電離圏の帯電ガスとの相互作用によって形成されている。この電磁場は太陰日および太陰月に応じて変動し、さらに地球が太陽の周囲を公転することによる年周期の変化も存在する。
✹ 数世紀にわたる周期変動は、銀河中心のどこかを起源として生じている。
✹ 地表と電離圏は電磁共振空洞を形成し、その内部で極超低周波の地磁気脈動を発生させている。その周波数は毎秒約25回から、10秒に1回程度までの範囲に及ぶ。地磁気脈動のエネルギーの大部分は、およそ10ヘルツ(毎秒10周期)付近に集中している。
✹ 太陽フレアは帯電粒子を地球磁場へ放出し、磁気嵐を引き起こす。これらの粒子は、すでに磁場外縁部に存在する粒子群、すなわちヴァン・アレン帯に加わる。ヴァン・アレン帯は、これらの粒子やその他の高エネルギー宇宙線を吸収することで、私たちを保護している。
✹ 稲妻が閃くたびに、キロサイクル帯域の周波数をもつ電波エネルギーのバーストが放出される。このエネルギーは磁力線に沿って伝わり、北極と南極の間を何度も往復したのち、やがて減衰して消滅する。
✹ 地表と電離圏はコンデンサーの帯電した極板として機能し、1フィート当たり数百から数千ボルトに及ぶ静電場を形成している。この電場は大気中の気体分子の多くを絶えず電離させており、またそれ自体も極超低周波(ELF)帯域で脈動している。
✹ さらに、電離圏内部および地電流(地球内部を流れる電流)として大規模な直流電流が絶えず流れており、それらもまた独自の副次的な電磁場を生み出している。
✹ 1970年代になると、太陽磁場が北極から南極まで、あたかもオレンジの房のようないくつかのセクターに分割されており、それぞれのセクターの磁場の向きが隣接するセクターとは逆になっていることが分かった。およそ8日ごとに、太陽の自転によって新たな惑星間磁場(太陽磁場)の領域が地球と向かい合う位置へ回ってきて、その極性の反転に応じて地球磁場もわずかに変化する。また、セクター境界の通過に伴って、地球磁場には1〜2日にわたる乱れが生じる。
これらすべての電磁気現象と生命との間に存在しうる相互作用は、ほとんど無限と思えるほど複雑だ。
長年にわたり、大半の科学者たちはブラウンの結論を受け入れがたいものとして退けていた。生命は完全に水中で進行する化学反応の問題だという当時の前提に立てば、こうした電磁気的変化はいずれも、生体内の過程に影響を及ぼすほどのエネルギーを持たないはずだったからだ。直流システムの発見は、エネルギーの移動を伴わずにこうした相互作用がどのように成立しうるかを示した。それは生物に、これらの場を直接 "感知" する方法を与えた。自らの研究成果がなかなか受け入れられなかったにもかかわらず、ブラウンは研究を続け、ナッサリウスが静電場にも感受性をもつことを明らかにした。さらに彼は、マウス、ショウジョウバエ、そしてヒトを含む、調べた他のすべての生物においても、磁場によって駆動される周期現象を発見した。貯蔵箱の中のジャガイモでさえ、磁場と結び付いた酸素消費のリズムを示した。
ヒトにおいては、ホルモン分泌や血流中のリンパ球数も、多くの変動要因のうちの二例にすぎず、それらは同じリズムに合わせて変動している。その中でも最も重要なものの一つが細胞周期だ。実際の細胞分裂の過程、すなわち染色体が現れ、整列し、二つに分かれ、それぞれが二つの娘細胞に等しく分配される過程そのものは、わずか数分しかかからない。しかし、その前にはいくつかのより長い段階が存在し、その一つでは細胞内のDNAがすべて複製される。これらすべての段階を合わせると、およそ一日を要する。したがって、制御された細胞分裂に依存するあらゆる成長と修復は、地球磁場と同期している。
一口メモ:
ベッカーはここで、
・巻貝が反応する
・マウスや昆虫も反応する
・ヒトのホルモンも反応する
・リンパ球数も反応する
・細胞周期も同期している
というふうに、だんだんミクロなレベルへ降りていっている。そして最後に、成長と修復そのものが地球磁場と同期しているという大胆な結論へ持っていく。
リュトガー・ウェーバーは、この15年ほどの間に、人間を対象としてさらに示唆的な研究を行った。彼は、人々を時間の経過を示すすべての手掛かりから完全に隔離するため、二つの地下実験室を建設した。一方の部屋は、光、温度、音といった通常の時間の手掛かりとなる外部変化を遮断していたが、電磁場からは遮蔽されていなかった。もう一方の部屋は同じ条件でありながら、さらに電磁場も遮断されていた。ウェーバーは、最長で2か月間にわたって地下室で生活した数百人の被験者を観察し、体温、睡眠・覚醒周期、さらには尿中へのナトリウム、カリウム、カルシウムの排泄量などを記録した。その結果、どちらの部屋の被験者も間もなく不規則なリズムを示すようになったが、完全に遮蔽された部屋の被験者の周期は有意に長くなった。一方、なお地球磁場にさらされていた人々は、24時間に近い周期を維持した。これらの被験者の中には、いくつかの変数が概日リズムから多少ずれた者もいたが、それらは常に基本となるリズムと調和した新たな周期で安定した。例えば、1日ではなく2日周期になるといった具合だ。これに対して、地球磁場との接触を絶たれた人々は完全に脱同期[同期(タイミングやペース)がずれてしまった状態]した。いくつかの変数は、すでに概日リズムを失っていた他の代謝系のリズムからも逸脱し、互いに何の関係も持たない新たな周期を形成した。
次にウェーバーは、完全に遮蔽された実験室の中にさまざまな電場や磁場を導入する実験を行った。その結果、まとまりを失っていた周期パターンに影響を与えたのは、ただ一つの条件だけだった。10ヘルツで脈動するごく微弱な電場(1センチメートル当たり0.025ボルト)が、多くの生物学的指標を劇的に正常なパターンへ回復させた。ウェーバーは、地球電磁場の地磁気脈動に含まれるこの周波数こそが、生体周期を支配する主要なタイマーだと結論した。その後、この結果はモルモットやマウスでも確認されている。この研究結果を踏まえると、10ヘルツがすべての動物における脳波(EEG)の主要なアルファ周波数でもあるという事実は、あらゆる生物が直流系を介して地球と電磁気的に結び付いていることを示す、もう一つの重要な証拠となる。最近では、インドの生物物理学者サラダ・スブラマニヤムの研究グループが、人間の脳波が地磁気脈動に応答するだけでなく、被験者の頭部が地球磁場に対してどの方向を向いているかによって、その応答が異なることを報告した。しかし興味深いことに、被験者がヨギだった場合には、頭部の向きはまったく影響を及ぼさなかった。
この関係は、松果体に関する最近の研究によって決定的に証明された。頭蓋骨の中心にあるこの小さな器官は、神秘主義者たちが漠然と定義していた "第三の眼" 以上の存在だと判明した。この器官はメラトニンとセロトニンという二つの神経ホルモンを産生しており、これらには多くの機能の中でも、あらゆる生体周期を直接制御する作用がある。ヤツメウナギは、すべての脊椎動物の祖先に近い生物であり、またある種のトカゲ類も、他の脊椎動物に見られる光を感知しない "盲目の" 松果体とは異なり、頭部表面近くに位置して光に直接反応する実際の第三の眼を備えている。英国の著名な解剖学者J・Z・ヤングは最近、この器官が、これらの動物に見られる皮膚色の変化の日周リズムを制御していることを明らかにした。
ここで最も重要な点は、ごく弱い磁場が松果体に影響を及ぼすということだ。いくつかの研究グループは、地球の通常の磁場を強めたり弱めたりする向きに配置した0.5ガウス以下の磁場を加えると、松果体におけるメラトニンとセロトニンの産生が増加したり減少したりすることを示している。また別の研究グループは、そのような磁場に応答して松果体細胞に物理的変化が生じることを観察している。これらの実験では照明条件が厳密に管理された。というのも、松果体は大部分の脊椎動物では頭部の深部に埋め込まれており、私たちの知る限り光に直接反応できないにもかかわらず、頭部に光を当てると何らかの形でそのホルモン分泌が変化することが、すでに数年前から知られていたからだ。
太陽系のエネルギー循環が地球上の生命に与える影響については、他にもまだ多くのメカニズムが解明されていないだろう。例えば、それらは病気の流行に強く影響を及ぼす可能性がある。11年周期の黒点周期における直近の6回のピークは、大規模なインフルエンザの流行と時期を同じくしている。クリミア医学研究所のユリア・ニコラエヴナ・アチカソワ率いるソ連の研究グループは、クリミア天文台の天文学者ボリス・ミハイロヴィチ・ウラジミロフスキーと共同で、太陽の磁場と、私たちの腸内に生息し食物の消化を助ける大腸菌との間に相関関係があることを発見した。ロシアの研究者らは、太陽の磁場が正(地球方向を向いている)のときは細菌の増殖が速くなり、負のときは遅くなることを突き止めた。各セクター境界を通過してから2日後には、地磁気乱流の最大値に対応して、細菌の増殖に落ち込みが見られた。また、データからは、大規模な太陽フレアに反応して増殖が低下することも示された。他のロシア人科学者たちは、セクター周期と、神経疾患を持つ二つの患者グループからの報告との間に、暫定的な相関関係を見出している。患者たちは、細菌の増殖が速くなると思われる正極性のセクター内において、体調が悪化したと訴えた。生命と天と地を結ぶ地磁気的な結合は、どうやら単純な接続[単純な電源コードとコンセントの接続]ではなく、むしろ網の目のように複雑なものらしい。
帰巣誘引(故郷への引力)
動物が生き残るためには、その生体リズムが環境に適している必要があり、したがって、そのリズムは生息する地理的位置に正確に調整されていなければならない。したがって、多くの生物が位置感覚を得るために磁気情報を活用しているのではないかと推測される。近年の多くの研究により、実際にそうだと示している。生来備わったコンパスは、餌探しやその他の局所的な行動だけでなく、はるかに長いルートを渡る移動においても、彼らを導く助けとなる。こうした長距離移動の離れ業は、現代のどんな優秀なナビゲーターにも引けを取らない。
オオカバマダラ[アメリカ大陸産の大型チョウ、長距離の渡りをする]は、ハドソン湾から南アメリカへと、カリブ海をまっすぐ横断して、一度も道に迷うことなく移動する。キョクアジサシ[カモメの一種]は夏に北極の氷冠で繁殖し、その後、南半球の夏を迎えるために南極へと移動し、片道11,000マイル[約17700km]を飛ぶ。体長わずか数インチで、地面すれすれに這うように動く一部のサンショウウオは、カリフォルニアの険しい山岳地帯を最大30マイル[約48km]移動して住処を構え、その後、繁殖のために生息する小川へと戻ってくる。しかし、こうした行動を実験で検証するのは難しいため、私たちは日常的な移動についてより多くのことを学んできた。
カール・フォン・フリッシュは、1940年代に行われたミツバチのダンスに関する有名な研究でこの問題に初めて取り組み、1973年にノーベル賞を受賞した。彼は、晴れた日にはミツバチが太陽の角度と時間感覚を組み合わせて移動していることを明らかにした。これは、ボーイスカウトが腕時計をコンパス代わりに使うよう教えられる※のと同じ仕組みだ。また、ミツバチは偏光システムも備えており、薄い雲や森林の樹冠越しでも太陽の方向を特定できた。さらに驚くべきことに、フリッシュは、偵察蜂が巣に残った働き蜂に対し、太陽の角度と地球の中心への方向(重力ベクトル)を基準として、[8の字]ダンスによって花の場所を伝えていることを発見した。しかし、フリッシュは、太陽の角度や偏光が利用できない完全な曇りの日でも、ミツバチが餌場と巣の間を同様に正確に移動できることに注目した。太陽の角度も偏光も利用できない以上、別の予備システムが存在するはずだった。
※ これは昔のボーイスカウトで教えられていた簡易方位測定法。
北半球では、
① アナログ時計の短針を太陽に向ける
② 短針と12時の中間方向が南(日本など北半球の場合)
という方法。
ほどなくして、伝書鳩にも同様の能力があることが判明した。1953年、G・クレイマーは、放たれた鳩が一度旋回した後、即座にくちばしを巣の方へ向けた様子から、鳩は記憶した目印の地図に加え、コンパスも備えているに違いないと推測した。まもなく、他の研究者たちもミツバチが用いるのと同じ種類の太陽コンパスを発見したが、鳩は曇りの日でも完璧に方向を定めることができた。1947年、H・L・イェーグリーは『Journal of Applied Physics(応用物理学ジャーナル)』において、ハトは磁覚をもち、それによって私たちが磁気コンパスを使うのと同じように地球磁場を利用しているのではないかと、大胆にも提案した。彼は嘲笑され、いくつかの不十分な実験によって "反証された" とされた。その一例が、ハトをさまざまな電磁場の中に置き、どうやら不快そうでも居心地が悪そうでもないことを観察しただけの実験だった! イェーグリーを含む他の研究者たちは、鳩の頭や翼に小さな磁石を取り付けたが、飛行パターンに明確な変化は見られなかった。
しかし、この問題を地道に追究し続けた研究者も少数ながら存在した。フランクフルト動物学研究所のハンス・フロムは、1950年代後半、ケージに入れられたヨーロッパコマドリが、太陽や星といった通常の目印を見ることができない状態でも、本来の渡りの方向として南西を[故郷を恋しがるように]指向し続けることを観察した。その後、同僚のフリードリヒ・メルケルは、鋼鉄の檻によって地球の磁場から遮断されると、鳥たちが特定の方向を向かなくなることを発見した。さらに彼はコイルを用いて周囲の磁場の向きを変えることで、鳥たちに南西の方向について誤った感覚を与えることができた。この実験は、数年後にルリノジコ[渡り鳥]を用いて検証された。
この問題は1971年まで未解決のままだったが、その年、コーネル大学のウィリアム・T・キートンは、もし存在したとしても、ハトの磁覚は太陽コンパスに覆い隠されてしまうため、晴れた日には鳥に磁石を取り付けても当然効果がないことに気づいた。彼はすぐに、曇りの日に放たれた同じ鳥たちが道に迷うことを発見した。
あらゆる天候下でこの磁気干渉を研究するため、キートンは鳥たちのために半透明のコンタクトレンズを作り、ニューヨーク州北部の山岳地帯で放鳥した。厚い雲を模したこのコンタクトレンズは、太陽の角度と偏光光を遮断し、頭に1ガウスの磁石を取り付けたハトたちは、家路を見失ってしまった。しかし、レンズだけを装着し磁石を付けなかった "鳥類のユリシーズ" たちは、150マイル離れたイサカまで南西に向かって完璧に移動し、その後は鳩舎の周囲を次第に狭い円を描いて旋回しながら近づき、最後にはヘリコプターのように舞い降りて、目隠し着陸を見事に成功させた。
豆知識:
特に面白いのは、Ithacaが出てくること。
偶然にもオデュッセウスの故郷もイタケー(Ithaca)。
しかもキートンの研究拠点はニューヨーク州 Ithaca。
だからベッカーはここでわざとavian Ulysses
↓
Ithaca を並べている。
つまり、
「鳥のオデュッセウスたちはイサカへ帰還した」という小ネタになっている。
この実験の直後にキートンが早世した後、研究を引き継いだニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のチャールズ・ウォルコットとロバート・グリーンは、プリンストン大学のジェームズ・L・グールドと共同で、ハトに小型化された電磁コイルを装着し、研究者が印加する磁場の種類や向きを自由に変化させられるようにした。彼らは、磁場の南極側が上を向くようにした場合には鳩はなお帰巣できるが、北極側を上に向けると真っすぐ自宅とは反対方向へ飛び去ることを発見した。これは、鳩が磁北を基準点として利用していることを意味していた。同じ頃、二人のドイツ人科学者、マルティン・リンダウアーとヘルマン・マルティンは、50万件に及ぶミツバチのダンスを分析し、その中に "磁気誤差[磁気補正とも言うべき誤差]" を発見した。つまりそれは、磁北と真北との差を補正するためのずれだった。また、彼らは巣箱の周囲に特定の向きでコイルを設置することで、ダンスに特定の角度の誤差を意図的に導入することもできた。これで鳥にもハチにも磁気誘導システムが存在することが証明された。*
次の問題は、その仕組みがどう働くかだった。
* コーネル大学の生物学者クレイグ・アドラーによる最近の研究では、サンショウウオの磁覚がハトのそれよりも数倍も鋭敏だと示された。両生類は、目印やその他の一般的な手がかりがなくても巣に戻ることができただけでなく、アドラーが人工磁場を用いて混乱させようとした際にも、干渉に素早く適応し、より弱い地磁気の背景を基準にして正しく方向を定めた。
1975年、当時マサチューセッツ大学アマースト校の大学院生だったリチャード・P・ブレイクモアは、最も単純な細胞生物、細菌にも磁覚があることを発表し、生物学界に衝撃を与えた。ブレイクモアはこの発見をした際、ケープコッドの塩性湿地を研究していたところ、ある種の細菌が顕微鏡のスライド上で常に南北方向に整列していることに気づいた。まもなく、彼はマサチューセッツ州ケンブリッジ近郊で走磁性細菌(磁気に反応する細菌)を発見し、そこでMITの磁気研究所のリチャード・フランケルと共にその研究に着手した。磁北への方向は、地平線からやや下方を指している。科学者たちは、これらの細菌が磁場を利用して、自らがよく生育する泥の中へと絶えず下方へ向かうための指針としているのではないかと考えるようになった。というのも、細菌はあまりにも小さいため、周囲の水分子のランダムな運動を押しのけて自然に沈降することができなかったからだ。この考えは後に、リオやニュージーランドの微生物が南を求めることが判明したことで裏付けられた。
豆知識:
北半球のマサチューセッツでは北を目指す細菌だったのに、南半球では南を目指す細菌だった。つまり、北を目指したいわけではなく、"地中へ向かいたい" のであって、地磁気を利用して下方向を見つけていた。
ブレイクモアの電子顕微鏡写真は、まもなく驚くべき構造を明らかにした。各細菌の内部には、黒いビーズの連なりのように、磁鉄鉱の微結晶が一直線に並んでいた。薄い膜に包まれたこれらの粒子は、それぞれが単磁区であり、なお磁石として振る舞うことのできる磁鉄鉱の最小単位だった。
ブレイクモアが発見した細菌をきっかけに、グールドはハチやハトにも同様の結晶がないか探求した。ハチの脳を電子顕微鏡で調査するだけでも数世代分の時間がかかるため、彼はSQUID[超伝導量子干渉装置]磁力計を用いて昆虫を調べた。それらが磁性を帯びていることを確認した後、彼はそれらを解剖し、その位置を腹部の一部に絞り込んだ。同じ方法を用いて、ウォルコットとグリーンは24羽のハトの頭部を解剖し、非磁性のプローブとメスを用いて徐々に細分化していった。丹念な探索の末、研究者たちは、脳と頭蓋内板との間にある、神経が密に張り巡らされた1╳2ミリメートルほどの組織片の中に、微小な磁性沈着物を発見した。また、この同じ組織には鉄貯蔵タンパク質フェリチンの黄色い結晶も含まれており、このことはハトが細菌と同様に、自ら磁鉄鉱の磁性結晶を合成していることを示していた。
一口メモ:
ブレイクモアの細菌で見つかった磁鉄鉱結晶 → 磁覚という関係が、今度はハト → 磁鉄鉱結晶でも見つかったこと。
つまり、磁覚があるらしい から、磁覚の受容器らしきものが実際に見つかったことに話が進んでいる。
いつものように、こうした新たな発見は数多くの新たな疑問を生み出した。細菌、ハチ、鳥といった多種多様な生物に磁気センサーが存在すること ― 現在、磁気器官を持つ種の数は3種の霊長類を含め27種に上る ― は、磁気感覚が生命の始まりから存在していたことを示唆しており、おそらくは頻繁に移動する必要がある生物によってのみ、その機能が完成されたのだろう。では、すべての動物が同じセンサーを持っており、それらは常に同じ機能を果たしているのだろうか。神経系はどのようにして結晶から情報を読み取り、それを方向情報に変換しているのだろうか。これらの器官は、地球の磁場のどのような側面を感知しているのだろうか。
キートンは、自分の鳩の飛行パターンについて、とりわけ奇妙な点に気づいた。太陽コンパスによる視覚的な手掛かりを用いて飛ぶ場合、鳩たちは一度旋回して方位を確認し、その後イサカに向かってまっすぐ飛び去った。しかし、磁気コンパスを使用する場合、鳩たちは放たれた地点から真西へ飛び、イサカの真北にあるオンタリオ湖の上空に到達するまで飛んだ。そして、陸地が見えなくなると、直角に左へ旋回し、帰巣地を通る子午線を正確にたどった。キートンは私にこのことを話したが、どう解釈すればよいかわからなかったため、この観察結果を公表することはなかった。彼はこう言った。
「ある物理学者に尋ねたんだ。『ハトたちは特定の磁力線と接触しているのか?』と。
その男はこう答えた。
『いいや、磁力線とは、磁場を象徴し、鉄鉱床の周囲などで起こるような異常を記述するために我々が用いる、単なる恣意的な慣例に過ぎない。我々の知る限り、その線に現実世界での対応物は存在しない。仮に存在したとしても、地球の磁場が変化するにつれて、場所によって様々に変化するはずだ』と」
では、ハトたちは地球の磁場そのものの中に、地図のような構造 ― 古代からダウザーや風水師たちが語ってきたような格子状の構造 ― に従っているのだろうか。それは、SQUIDを使っても今日では見つけることのできないものなのだろうか? 一部の渡り鳥は、南北の渡り鳥の飛行経路の中で東へ、くの字状の進路変更を行い、スーペリア湖の上空で陸地が見えなくなるまで飛び去っていく。彼らは、メサビ山脈の鉄鉱床によって方向感覚を失うのを避けるために、わざわざ遠回りをしているのだろうか?
そう推測することはできる。しかし、まだ分かってはいない。
もちろん、ほとんどの人にとって最も興味深い疑問は、自分自身に関するものだ。私たちもまた、頭の中に羅針盤を持っているのだろうか?
1979年6月29日、マンチェスター大学の若い生物航法研究者R・ロビン・ベイカーは、イングランドのリーズ近郊にあるバーナード・キャッスルで、高校生たちをバスに乗せた。ベイカーは生徒たちに目隠しと耳当てをさせ、全員にヘッドバンドを装着させた。ヘッドバンドの半分には磁石が仕込まれており、残りの半分には、着用者が磁石だと信じ込まされた真鍮の棒が入っていた。ボランティアの高校生たちが集中するために背もたれに寄りかかると、ベイカーは町の入り組んだ通りを迷路のように縫うように進み、その後、南西へ向かう直線の幹線道路を走った。数マイル走ったところでバスは停車し、生徒たちは学校への方向を推定してカードに書き込んだ。その後、運転手は135度方向転換し、東へ向かって学校の南東にある地点まで進み、そこで生徒たちは再び進行方向を推定した。カードを分析した結果、頭に真鍮の棒を装着していた生徒たちは正しい進行方向をかなり確実に感知できていたのに対し、磁石を装着していた生徒たちはそうではなかったことが判明した。
グールドとプリンストン大学の共同研究者K・P・エイブルは最近、ベイカーの実験を再現しようとしたが、失敗に終わった。しかし、ベイカーによるこの試みの検証によれば、被験者の方向感覚は、磁気嵐、バス内部の微弱な磁気勾配、あるいはイングランドの田舎に比べてプリンストンの方が電磁干渉が激しいことなどによって、狂わされていた可能性がある。ベイカーと共同研究者のジャニス・メイザーは最近、より簡便な試験方法を考案した。磁気干渉のない、特別に建設された遮光された木造小屋の中央で、被験者は目隠しと耳当てをされ、摩擦のない回転椅子に座らされる。数回回転させられた後、被験者は以前と同様に自分の羅針盤の方位を推定しなければならない。150人以上を対象とした実験で統計的に一貫した成功が得られたことから、ベイカーは人間の磁気感覚の存在を証明できたと考えている。
奇妙なことに、彼は、太陽を感じたり他の明らかな手がかりを感知したりできない限り、被験者は目隠しをした状態の方が方向をより正確に判断できることを発見した。そうでなければ、被験者はその過程を理屈で説明しようとし、わずかな手がかりから正しい方向を推論しようとして混乱してしまうのだ。彼は、磁気感覚は、持ち主が常にそれを意識する必要なく、無意識のうちに継続的な方向感覚を与えることでその役割を最もよく果たしており、それによって食料や仲間、住処などを探すための注意力を確保できるのだと推測している。
1983年、ベイカーとその共同研究者は、選択的遮蔽実験における磁気測定を用いて、人間の篩骨(鼻の奥、目の間の頭部中央にある海綿状の骨)の副鼻腔内に、松果体および下垂体の近くに磁気沈着物が存在することを報告した。興味深いことに、この部位は、1970年代初頭に米国陸軍先進材料コンセプト局※の顧問を務めていたチェコ出身の生物物理学者ザボイ・ハーヴァリクが行った選択的遮蔽研究において、ダウジング能力の所在する場所として示唆した二つの部位(もう一つは副腎)のうちの一つでもあった。
※かつてアメリカ陸軍に存在していた、将来の部隊が装備すべき革新的な兵器システムや材料(マテリエル)のコンセプトを設計・評価していた研究開発機関
1984年、ホノルルのハワイ大学の動物学者マイケル・ウォーカーが率いる研究グループは、キハダマグロとチヌークサーモンの篩骨洞から単磁区磁鉄鉱結晶を分離した。それらの結晶は、地質学的過程によって生じるものではなく、生物によって合成された磁鉄鉱にのみ通常見られる形態を示していた。磁性組織には多数の神経終末が入り込んでおり、その結晶は走磁性細菌に見られるものとよく似た鎖状構造を形成していた。各結晶はその位置に固定されているように見えたが、外部からの磁力に応答してわずかに回転することは可能だった。計算によれば、このような結晶鎖は地球磁場を数秒角、すなわち地表位置にして数百フィート[100〜200m]の精度で感知できることが示された。この結果は、同じ研究グループが以前に行った生きたマグロの帰巣実験の結果とも完全に一致していた。この詳細な研究は、それ以前の関連研究と合わせて考えると、すべての脊椎動物が篩骨洞周辺に類似の磁覚器官を備えていることを強く示唆している。そして私は、この器官が地球磁場の地磁気脈動から生体周期のタイミング情報を受け取り、それを松果体へ伝達しているのではないかと考えている。
一口メモ:
生物は地球電磁環境と深く結び付いており、その結び付きは細胞、松果体、磁覚器官、帰巣能力、生体周期にまで及んでいるかもしれない
深淵の面
※この題名は旧約聖書の創世記の "And darkness was upon the face of the deep."「闇が大いなる深淵の面(おもて)にあった」への言及
DNA研究の先駆者エルヴィン・シャルガフは、生命の起源を「何不自由ない科学者のためのテーマ[すべてを兼ね備えた科学者にふさわしいテーマ]」と呼んだが、それにもかかわらず、私たち多くの人々(あるいは彼自身でさえも)は、それについて推測を続けている。今日、その原初の光景を描いた詳細画像は数多く出版されているが、そのほとんどは "温かいスープ[原始のスープ]と稲妻" という一つの理論のバリエーションに過ぎない。
地球上の生命は約40億年前に始まった。つまり、地球そのものが誕生してからおよそ10億年から20億年後のことだ。当時の大気は現在とは全く異なり、今日の木星の大気に似て、主にアンモニアとメタンで構成されていた。その大気中において、何らかのエネルギー源 ― 雷、熱、紫外線などが示唆されてきた ― が、単純な有機化合物の自発的な形成をもたらした。こうした化合物は、何億年にもわたって海洋の中へ降り積もるうちに、偶然の作用によって次第に凝集し、ますます複雑な構造を形成していったと考えられた。この理論によれば、その過程は最終的に "原細胞" と呼ばれる閉じた構造の出現へと至った。原細胞は、他の構造の反応性に抗しながら、自らと類似した化合物を取り込むことによって成長する能力を備えていた。
この考え方が広く受け入れられるようになったのは、1953年にS・L・ミラーが行った重要な実験によるところが大きい。ミラーは、初期の大気を模したアンモニア、メタン、水蒸気からなる混合ガスを、電気火花に連続的に流し込んだ。数日後、いくつかのアミノ酸が生成された。これらはDNA、RNA、そしてあらゆるタンパク質の構成要素なので、この証拠は非常に説得力のあるものと思われた。その後の実験では、さらに複雑な分子が生成された。水中では、それらは膜のような構造に包まれた小球体を形成した。生命発生の研究に最も熱心に取り組んだ二人の研究者、A・I・オパーリンはこれを "コアセルベート"、シドニー・フォックスは "プロテノイド" と呼んだ。
しかし、こうした放電チャンバーの中で得られたもののうち、生命と呼べるものに近づいたものは一つもなかった。さらに重要なことに、これらの実験は理論上と実際上の二つの困難を提起した。原始スープ説は、DNAあるいはRNAを用いる何らかの遺伝システムを備えた生きた細胞という、きわめて高度に組織化された存在を、最初から出現させなければならなかった。私たちの生物学的理解によれば、その段階以前には何ものも生命とは呼べなかった。しかし同時に、構成要素の偶然の結び付きだけによって、途中に泥小屋の段階を経ることもなく、これほど複雑な宮殿が形成されたと考えるのも信じがたいことだった。
一口メモ:
生物学は "生命" と "非生命" の二分法で考える。しかし実際には、その間に何段階かの中間状態があったのではないか、ということ。
だから
泥小屋 → 宮殿の比喩は、原細胞のような中間段階が必要ではないかという問題提起になっている。
温かいスープ説が最初に提唱された頃には、機械論的な生命観が絶頂期にあった。生物は複雑な機械であり、しかも分子機械だと考えられていた。しかし当時の細胞概念は、今日のものよりはるかに単純だった。もはや細胞は、数個の司令分子が何をするべきかを指示するだけのゼリー状の小袋※とは考えられていない。最も単純な細菌の細胞膜でさえ、外部からの情報に対して複雑な仕方で応答している。しかし、私たちの最高性能の電子顕微鏡をもってしても、その働きを説明できるほどの複雑な構造はまだ明らかになっていない。
一口メモ:
当時の生命観では、DNAやRNAなどが命令を出し、細胞はその命令に従うと考えられていた。そこでベッカーは司令分子(master molecules)と呼んでいる。
昔の生物学者は細胞を "ゼリー袋+DNA" と見ていたという単純化された考え方を批判している。
さらに、基本的な化学上の問題もあった。すべての有機化合物は二つの形態、すなわち異性体として存在する。それぞれは同じ種類と数の原子から成っているが、一方は他方の鏡像になっている。一方は "右手型"、もう一方は "左手型" だ。これらは溶液中で光をどのように偏向させるかによって区別される。右旋性のD型は光を右へ回転させ、左旋性のL型異性体は左へ回転させる。放電実験を含むあらゆる人工的な有機化合物合成法では、D型分子とL型分子がほぼ等量に混ざった状態で生成される。ところが、生物を構成している有機化合物は、生物種によってD型またはL型のいずれか一方のみから成り、両方が混在することは決してない。
一口メモ:
ここでベッカーが問題にしているのは、なぜ生命はDとLの混合物から始まらなかったのか? という点。
つまり、
偶然に化学反応が起きました
↓
生命ができました
では説明しにくい特徴の一つとして、"鏡像異性体の片側だけを生命が使っている" という事実を持ち出している。
私たちは、最初の生命を、現在見られる生命の単純化された版としてではなく、むしろ私たちの予想とは異なる何かとして考えなければならない。それは細胞ではあり得なかったし、DNA・RNA・タンパク質からなるシステムも、生きた膜も、神経インパルス網も備えてはいなかったはずだ。
一口メモ:
原細胞 → 細胞という連続的発展よりも、生命の本質はDNAや細胞膜より前に存在していたのではないかという問題提起
私たちはまず、生命と呼ばれるために最低限必要なもの、すなわち生命体が備えていなければならない過程を定義してみることができる。外部の状態に関する情報を受け取り、それを処理し、さらに記憶する仕組みがなければならない。そして、その情報によって、将来同じ刺激に遭遇したときの反応が変化しなければならない。言い換えれば、最初の生命には、原始的なものであれ、ある種の意識と記憶が最初から備わっていなければならない。生命体はまた、損傷を感知し、自らを修復する能力を持たなければならない。第三に、何らかの周期的活動を示すことが期待される。それはおそらく、主として月の日周リズムに同調したものだっただろう。
DNAを基盤とする生命理論において主要な条件の一つとされている自己複製は、必須条件とは考えなくてもよい。自らの損傷を完全に修復できる生物は、理論的には不死だ。生命の条件は、組織化、情報処理、再生、そしてリズムという四つに要約することができる。
一口メモ:ベッカーの論理を単純化すると、
自己複製が必要
↓
個体は必ず死ぬ
↓
子孫を残す必要があるという従来の考え方に対して、完全な再生能力がある
↓
死なない
↓
自己複製は必須ではないという発想
ベッカーはここで、生命を遺伝子の乗り物として見るのではなく、情報を処理し、 自己修復し、 周期性を持ち、組織化された存在として定義し直そうとしている。
この定義だと、後で出てくる
・結晶
・半導体
・電磁場
の話に繋げやすくなる。
ベッカー自身もここで、これが正しい定義だとは言っていない。
むしろ、「ある存在を生命と呼ぶために必要不可欠な、最低限のプロセスを定義してみることはできる」という表現。
「試しに定義してみよう」という提案。
だから、この部分は、科学論文というより思考実験に近い印象を受ける。
単なる生命起源論の解説ではなく、
・「生命とは何か?」
・「自己複製は本当に本質なのか?」
・「再生能力の方が根源的ではないか?」
という哲学的な問いを投げている。
面白いことに、これらすべての条件は半導体結晶の活動によって満たされている。半導体性は、最もありふれた元素の一つ、ケイ素や希元素のゲルマニウムをはじめとするいくつかの無機結晶に自然に存在する。さらに、ドーピング[不純物添加]においては、ごく微量の不純物でさえ結晶の電気的性質を劇的に変化させる。地球初期の火山活動による撹拌は、さまざまな電流処理能力をもつ鉱物を豊富に生み出したはずだ。
さらに重要なのは、半導体結晶の圧電性、焦電性、光電性、その他の応答が、圧力、熱、光に関する情報を処理し記憶するアナログ的手段として機能し得たことだ。加えて、一部の半導体では電流が繰り返し流れることによって物質の特性が恒久的に変化し、その結果、将来同じ電気的応答がより起こりやすくなる。結晶格子内を移動する電子の流れは、地球電磁場の地球・天体周期によって形づくられただけでなく、近くに存在する他の結晶生命体の周囲の電磁場によっても影響を受けたはずだ。これによって時間感覚や周囲の個体に関する情報が得られた。また、その電流は物質の欠損も即座に反映し、失われた部分を元の構造へ復元するための補充原子の配置を導いたはずだ。
一口メモ:ここはかなりベッカーらしい飛躍🤔
普通の生命起源論なら
半導体結晶 → 生命ではない
で終わる。
ところがベッカーは、自分が先ほど定義した
① 組織化
② 情報処理
③ 再生
④ リズム
という4条件を当てはめて、ならば半導体結晶は "生命以前の生命" の候補になるのではないかと論じようとしている。
この部分から、論旨が "生物学" から "生物物理学" へ移っていく
ある種の岩石が、10億年ほどの歳月をかけて徐々に周囲の環境に応答するようになり、成長し、溶岩流や硫酸の雨によって頂点の一部[結晶の結晶面が交わる角や頂点]が侵食されると "痛み" を感じることを学び、ゆっくりと自らを修復し、いわば生命とともに脈動し、さらには液体結晶段階※にまで発展して、カドモスの竜の歯やM・C・エッシャーの版画に描かれたトカゲのように、石の巣から這い出て自由になるという考えは、少々奇妙に思えるかもしれない。しかし、同じ変化がスープのしずくから生じたと想像することと比べて、特に不思議というわけではない。その変化は、何らかの形で実際に起こった。
豆知識:
・"liquid crystal" は、現代の液晶ディスプレイの液晶ではなく、液体の流動性と結晶の秩序を併せ持つ状態のこと。
・"カドモスの竜の歯" は、ギリシア神話で、カドモスが竜を退治し、竜の歯を大地に蒔くと地中から武装した男達が現われた話
・"M・C・エッシャーのトカゲ" は、作品『爬虫類』で、平面に敷き詰められたトカゲの図形が立体化して這い出し、再び平面に戻る循環と変容を描いている。
この説にとって最大のハードルは、生命が乾燥した状態で、海の外であれ、その下の岩石の中であれ、発生し得るという考えを受け入れることだ。1960年代半ば以降、この説はより説得力を持つようになった。というのも、その頃、イギリスのブリストル大学のH・E・ヒントンが、少なくとも一つの生物が、その生涯の一部を液体の水を全く使わずに過ごすことを突き止めたからだ。
サハラ砂漠に生息するある種のハエは、稀な降雨によって形成される一時的な水たまりに卵を産む。幼虫は水中で数回の変態を経るが、その過程はほぼ必ず水たまりの蒸発によって中断される。完全に乾燥した状態、ヒントンが "クリプトビオシス[乾眠、隠された生命活動の意]" と名付けた状態であっても、それらは次の豪雨が来るまで数ヶ月あるいは数年生き延び、その時点で中断したところから再開する。この幼虫は急速乾燥させ、真空ボトルに入れて何年も保存できる。水に入れると、数分で蘇る。活動中の幼虫を二つに切断した場合、死ぬまでに6分かかる。最初の1分以内に急速乾燥させれば、その二つの断片は棚の上で何年も保存できるが、水に戻すと残りの5分間を生き延びる。常識に反して、このケースでは生命に水は必要ないが、水なしでは死は訪れないようだ。
水が生命に不可欠だという前提を取り除けば、結晶起源説はずっと説得力を増す。若い地球の環境は、結晶の森を生み出すのに適していた。地球は高温であり、火山は絶えず新たな物質を濃密で暗い乱流ガスの外殻の中へ噴き上げていたからだ。とはいえ、こうした結晶も、非生物的な物質のエントロピーに抗するためには外部からのエネルギーを必要としたはずだ。最初から組織化の原理を内蔵していたとすれば、それらが空から降り注ぎ水中に溶け込んだ有機化合物を含むさまざまな分子を取り込んでいくことは、それほど想像し難いことではない。そうして生命は、今日私たちが知る生化学、すなわち遺伝システムと、それに続く有性生殖の出現へ向かって発展していったのであろう。これこそが、現在生きているすべての生物、そして化石記録によって知られるすべての生物の基盤だ。しかし、それでもなお、その移行を可能にしたエネルギー源を見つけなければならない。この文脈では、雷だけでは説明にならない。また、なぜ生体分子が左手型または右手型の一方だけで構成されるのかについても説明が必要だ。
一口メモ:
ここでベッカーは、
① 結晶生命仮説を提示
② それが生化学へ移行した可能性を論じる
③ しかしまだ二つの問題が残る
・エネルギー源
・分子のキラリティ(左右非対称性)
と言っている。
1974年、ニューオーリンズのF・E・コールとE・R・グラフは、先カンブリア時代の地球電磁場について理論的解析を行い、この二つの問題を同時に説明する仮説を提示した。彼らは、当時の大気は現在よりはるかに厚かったため、電離圏も現在よりずっと外側へ押し広げられ、ヴァン・アレン帯の領域にまで達していたはずだと考えた。そうなると地球は、上層大気と地表面という二つの同心球からなる巨大な電磁共振器を形成していたことになる。今日、そして過去においても、地球の脈動する磁場は太陽風と組み合わさり、ヴァン・アレン帯に大きな電流を誘導している。しかし先カンブリア時代には、ヴァン・アレン帯における電流の変動が、逆に近くの電離層に巨大な電流を発生させていたはずだ。地球の金属核は優れた導体であるため、電離層の電流はそれに結合し、大気中を通り地球内部へと向かう、巨大かつ持続的な放電を生み出していただろう。さらに、当時の核周囲の距離は、10サイクル/秒の電磁波の波長とほぼ等しく、約18,000マイルであったため、この放電は、大気全体と地表を包み込む共振空洞全体を通じて、10ヘルツ※で脈動していただろう。電気エネルギーを直接供給するだけでなく、この放電は豊富な熱、紫外線、および超低周波音(あるいは圧力波)を発生させ、これらすべてが多様な化学反応を促進したはずだ。
一口メモ:
原始地球
↓
10 Hz の電磁共振
↓
生命発生
↓
現在の地磁気脈動
↓
脳波のα波(10 Hz付近)
この箇所に登場する "10ヘルツ" は、シューマン共振を連想させる。しかしベッカーはここでシューマン共振という語を用いておらず、1974年のコールとグラフによる原始地球モデルを紹介している。彼らは、現在より厚い大気と外側に拡大した電離圏によって形成された巨大な電磁共振系を想定しており、ベッカーが言及する10ヘルツは、現代のシューマン共振(基底モード約7.8Hz)そのものを指しているとは限らない。ちなみに、シューマン共振が発見されたのは、1952年のこと。
このような高密度で強く帯電した大気は、間違いなく大量のアミノ酸やペプチドを生み出しただろう。それらが空気中や水中で結び付き、鎖状に連なってタンパク質や核酸を形成する際には、電磁力の方向性が、反応が北半球で起こったか南半球で起こったかに応じて、一方向またはその逆方向へねじれるらせん構造を有利にしたはずだ。1981年、W・ティーアマンとU・ヤルザクは、定常磁場中で有機化合物を合成することにより、この理論を支持するいくつかの直接的証拠を得た。彼らは磁場の向きを変えることで、D型またはL型を高収率で生成することに成功した。
一口メモ:
この理論が現在の主流説かどうかは別として、ベッカーがここでやっているのは "生命のキラリティ(左右非対称性)の起源を電磁場で説明できないか" という試み。
コールとグラフの仮説をさらに検証できる場所が、太陽系に一つ存在するかもしれない。それが木星の大赤斑だ。この巨大なハリケーンは、その目の部分だけでも地球を飲み込めるほどの大きさであり、先カンブリア時代の地球に想定されたものとよく似た大気の中で、絶えず莫大な電気放電を発生させている。そこでは現在も、有機化合物が合成され、生命への移行を促す過程が進行しているのかもしれない。
地球上では、この10ヘルツの放電の中で形成されたあらゆる存在と、そのすべての子孫は、たとえ当初のエネルギー源との結び付きが失われた後であっても、同じ周波数で共鳴するか、あるいはその周波数に対して極めて高い感受性を示したはずだ。その結果、10ヘルツ帯域は大部分の生命体にとって決定的な重要性を持ち続けることになった。そして実際、その通りだ。すでに述べたように、この周波数はすべての動物の脳波(EEG)における主要周波数であり、地球・月・太陽の通常の電磁場から隔離された人間の概日リズムを正常化するためにも利用できる。カリフォルニア州ロマリンダ退役軍人病院のウィリアム・ロス・アデイは、ほぼ同じ周波数で変調された磁場を用いることで、サルの行動をいくつかの重要な点で変化させられることを発見した。その詳細については次章で述べる。
コールとグラフの理論は、生命の火花がどのようにして自ら消えたのかについても示唆している。大気中の軽いガスが逃げていき、アンモニアやメタンが有機化合物に取り込まれるにつれて、放電を駆動していた電流は止まったはずだ。これが進むにつれ、電離層は徐々に下降し、ヴァン・アレン帯とのつながりを失ったはずだ。電離圏電流は地球の金属核と結合するには小さくなりすぎ、また大気共振空洞も核が規定する周波数で共鳴するには小さくなりすぎた。その時点で、プラグは抜かれた。しかし生命はすでに十分に発展の途上にあった。より進化した生物との競争という要因を別にしても、このエネルギー源の喪失は、今日私たちが無生物からなお出現しつつある過渡的生命形態の痕跡を見いだせない理由を説明している。
この生命の起源に関する半導体理論は、閃光のシャワーのなかで私たちが誕生したという刺激的な描写以上のものだ。それは、理にかなった一連の段階を経て、生物学のもう一つの大きな謎、神経系の進化へと私たちを導く。まず、分子格子を通じて情報を直接伝達する結晶状の原細胞が存在したはずだ。最初の細胞が発達するにつれ、微結晶の鎖、そして有機高分子の鎖が、半導体電流の形で情報を伝達していた様子を想像できる。生体組織を通る電子の正確な伝達メカニズムは未だ解明されていないが、ほぼすべての有機物は圧電性を示し、半導体の他のすべての特徴も備えている。
さらに、1970年代に行われた一連の実験において、セント=ジェルジの研究を基に研究を進めた海軍の生物物理学者フリーマン・コープは、様々な生物試料において室温での超伝導の証拠を発見した。超伝導体に瞬間的に誘導された電流が、長年にわたり減衰することなく流れ続けることは以前から知られていたが、この現象はこれまで絶対零度付近でのみ確認されていた。コープの研究は依然として予備的な段階にあり、裏付けも得られていないものの、彼は大腸菌、カエルやザリガニの神経、酵母、ウニの卵、さらにはRNA分子、メラニン色素、酵素リゾチームにおいて、超伝導と一致する電磁気学的データを発見した。
伝導システムの正確な詳細がどうであれ、最初の多細胞生物は、おそらく最初の単細胞とよく似た細胞のネットワークを持っていたのだろう。やがて、これらのネットワーク細胞は直流伝導という役割に適応して機能分化し、細胞間接合部の高い電気抵抗を回避するために合胞体[一つの細胞膜の中に複数の核が含まれている巨大な一つの細胞]を形成するようになっただろう。その過程のどこかで、中央処理センターと情報貯蔵所が発達したはずだ。同時に、入力経路と出力経路が分離し、直流系は、その細胞がグリア細胞、上衣細胞、シュワン細胞の原型へと進化するにつれて、高度な分化の段階へ達した。およそこの時点で、より複雑な情報を処理するための高速デジタルインパルス系が、従来の系内部に形成され始めたはずだ。今日、すべての多細胞動物はこの種のハイブリッド系を有しており、その複雑さは、少なくともあと数世代の神経生理学者たちに研究課題を提供し続けるだろう。
一口メモ:
この段落はベッカーの生命進化図式がよく現れている。
普通の生物学なら
神経系 → 発生
の話になるところを、
ベッカーは
直流系(アナログ系)
↓
神経インパルス系(デジタル系)という順序を考えている。
進化の岐路
コールとグラフの理論には、一つの重要な必要条件がある。共振期間中、地球の磁場の極性は一定でなければならなかった。そうでなければ、生体組織内に右手型と左手型の異性体が混在することになる。現時点で分かっている限り、先カンブリア時代には磁場は安定していたが、過去5億年の間に磁極が何度も反転したという十分な証拠がある。そのたびに、磁極の反転は多くの種の絶滅と時期を同じくしていた。
地磁気の記録は、磁性鉱物を含む火成岩と、海底堆積物の2か所に刻まれている。溶岩中の磁性粒子は自由に動き、支配的な磁場[その時点での地球磁場]に沿って配向する。岩石が冷却されるにつれて、それらはその位置に固定される。同様に、海底に堆積した磁性粒子も、堆積当時の磁場の方向を反映している。海洋堆積物とそれが最終的に変化してできた岩石は、数百万年にも及ぶ乱れのない磁気年代層序をもたらしてくれる。一方で、その後の天変地異による乱れを免れた火成岩の地層は比較的少ないものの、さらに古い時代の様子を断片的に私たちに伝えてくれている。
地質学的な時間スケールで言えば、極性の反転は非常に速く起こる。磁場強度は数千年の間、平均値の約半分まで低下する。その後、さらに千年の間に極が入れ替わり、さらに数千年の間に磁場は通常の強さを取り戻す。全体として、この変化には約5000年の時間がかかる。
1960年代初頭、磁極反転が初めて発見された当時、地球物理学者たちは、磁極反転の期間中、磁場が完全に消失すると考えていた。したがって、高エネルギーの紫外線や宇宙線から生命を守っていた電磁気的な "傘" が失われたことが、大規模な絶滅の原因だと考えられていた。こうした "大絶滅" は、長い間古生物学者たちを困惑させてきた。やがて、ある種の放散虫の絶滅が磁場反転と関連付けられた。放散虫は、硬い石灰質の骨格を持つ微小なプランクトン動物だ。それぞれの種は独特で複雑な形状をしているため、その化石は堆積物コアの中で容易に識別できる連続的な記録を形成する。1967年までに、コロンビア大学ラモント・ドハティ地質観測所のジェームズ・D・ヘイズとニール・D・オプダイクは、8種類の放散虫の消滅が磁場反転と相関していることを明らかにしていた。それぞれの種は広範囲に分布し、個体数も豊富だったが、その絶滅は事前の個体数減少を伴うことなく突然に起こった。これによって "放射線集中砲火" 説は裏づけられたように思われた。
しかし、その後、磁場強度は半分に低下するに過ぎず、ヴァン・アレン帯や電離層の保護力を劇的に低下させるには不十分だと判明した。さらに、放散虫の個体群は水深数ヤード[1ヤード = 0.9144m]まで広がっており、それだけでも放射線から保護されるはずだ。その後ヘイズは、より慎重な形で現在の知見を次のように要約している。
「生物は進化の過程でより高度に分化するにつれて、磁場反転がもたらす、まだ正体の分からない致死的作用に対して敏感になっていくようである。長期間にわたって磁場反転が起こらない時代、こうした静穏期は時に数千万年にも及ぶが、その間にこの作用に対してとりわけ脆弱な種が数多く生まれる。そして、それらは次の磁場反転の際に淘汰される」
特に広範囲にわたる絶滅が二つ知られている。一つは、約2億2500万年前のペルム紀末に起こり、原生動物から初期の爬虫類に至るまで、当時生息していた動物種の半数を絶滅させた。同様に、約7000万年前の白亜紀末には、恐竜の時代も幕が下ろされた。どちらの場合も、長い静穏期の後に、頻繁な磁極反転が再開していた。化石記録には、これほど大規模ではない絶滅の時期も数多く記録されており、これらは磁極の反転と相関関係にある。
ごく最近[1984年]、シカゴ大学のジョセフ・ジョン・セプコスキー・ジュニアとデイヴィッド・M・ラウプは、大規模な絶滅に2600万年周期があるとの見解を報告した。もし彼らの仮説が正しければ、磁極の反転と相互作用して最大の破壊効果をもたらす、太陽や銀河からの何らかの影響が存在する可能性がある。
地球の磁場が生命の起源に重要な役割を果たしたことは推測するしかないが、1971年までに、その極性の反転が種の "剪定" を通じて生命の進化を形作ってきたことは、事実上確実だと分かっていた。その年、私はラモント研究所での非公開会議に招かれ、磁極反転について講演した。20人ほどの生物学者や地球物理学者が集まる中で、医学博士の資格を持つのは私だけだった。当時、絶滅効果がどのように生じたかについては推測するしかなかった。私たちは、地球内部でどのような変化が反転を引き起こすのか、またその過程が地磁気脈動や磁場の他の要素にどのような影響を及ぼすのかを説明できる有効な理論さえ持っていなかった。唯一合意できたのは、おそらくあらゆる面で変化が起きていたのだろうということくらいで、それ以来、私たちの知識はそれほど進展していない。
ポールシフト[磁極移動]は極めて緩やかに起こるため、生物は容易に適応できるかもしれない。また、磁場強度の50%の低下も、さほど重要ではないように思われる。しかし、地磁気脈動が有糸分裂のリズムのタイミングを含む生物サイクルを制御していることがわかっているため、その周波数に大きな変化が生じれば、壊滅的な結果をもたらす可能性がある。人工の超低周波磁場を用いた実験(第15章参照)では、正常値に近いもののわずかに上回る振動数、すなわち約30~100ヘルツの範囲が、細胞周期に劇的な変化をもたらすことが示されている。これは胚の正常な成長を妨げ、異常な悪性増殖を助長する傾向もあるかもしれない。地磁気反転によって地磁気脈動の周波数がこの範囲まで上昇するとすれば、発生・成長過程における誤りが何世代にもわたって蓄積し、最終的には絶滅につながる可能性が十分にある。
しかし、私たちに予測を立てる手段はない。地磁気反転は、きわめて不規則な間隔で起こるようだ。ある時期には5万年ごとに起こることもあれば、別の時期には数百万年もの間隔を空けることもあるようだ。前回の反転は、およそ73万年前に起こったようだ。数人の科学者は、NASAのMAGSAT周回衛星のデータや、湖底堆積物中の磁性粒子の測定結果を分析し、地球の地磁気強度がここ数千年、着実に低下し続けていることを示唆していると解釈している。もしそうなら、私たちはすでに次の地磁気反転に入りつつあるのかもしれないが、単に磁場の数ある短期的な変動の一つを経験しているだけの可能性もある。また、地磁気反転が私たちにどれほど深刻な影響を及ぼすのかも確かなことは分からない。ヒト科の動物は過去にも磁極反転を乗り越えてきたが、今回は特に不安を感じる理由がある。もし私たちが今、地磁気反転に入りつつあるのだとすれば、それは正常な地磁気が私たち自身の生み出した電磁的放出物によって汚染された状態で起こる最初の反転となる。そしてその中でも最も強力な50ヘルツと60ヘルツの周波数は、成長制御への干渉が予想される "危険な周波数帯" のまさに中央に位置している。
しかし地磁気は、奪うだけでなく、与えもする。もしその強さが次のピークに達するまで持ちこたえることができれば、電磁的な叡智が微妙に注入される恩恵を受けるかもしれない。
サンフランシスコの二つの大学で薬理学者および人類学者を務めるフランシス・アイヴァンホーが最近提唱した独創的な理論は、それが私たち自身の発達にとってどれほど重要だったかを示唆している。アイヴァンホーは、これまでに知られている旧石器時代人の頭骨について脳頭蓋容量を統計的に調査し、その増加を同時期の地磁気強度および人類文化の主要な発展と関連付けた。
アイヴァンホーは、約38万年から34万年前、そして再び5万5千年から3万年前に、脳サイズの進化が急激に加速した時期を発見した。これらの両期間は、それぞれミンデル氷期とヴュルム氷期という主要な氷河期と一致しており、また、文化的に大きな進歩が見られた時代でもあった。すなわち、ミンデル氷期初期にはホモ・エレクトスによる火の広範な利用が始まり、ヴュルム氷期にはホモ・サピエンス・サピエンス(クロマニョン人)の出現と、ネアンデルタール人(ホモ・サピエンス)の漸進的な衰退が見られた。同じ期間に起きた他の二つの氷期 ― 約120万年から105万年前のギュンツ氷期と、約15万年から10万年前のリス氷期 ― は、人類の進化においてこれほど明らかな進歩をもたらさなかった。また、これらの氷期は、平均地球磁場強度がはるかに低かったという点でも、前述の二つの氷期とは異なっていた。
アイヴァンホーは、進化上の飛躍的発達を説明するものとして、地磁気から脳内の成長ホルモン調節経路へ至る直接的な連関を提唱している。彼は、脳の側頭葉の一部、海馬の一部が、電磁エネルギーの変換器として働いているのではないかと考えている。海馬の一部、アンモン角は、強い電流によって一方向の神経伝達が維持される弓状の構造を持っており、磁場強度の変動を読み取っている可能性がある。その情報は、脳弓と呼ばれる、十分に実証された経路の束によって視床下部へ伝えられ、さらに成長ホルモンが産生される下垂体前葉へ送られる。妊娠中にこのホルモンの量が増加すると、胎児の大脳皮質の大きさや神経細胞数が、脳の他の部分と比べてより大きく増加することが知られている。
アイヴァンホーはまた、海馬およびそれと視床下部を結ぶ経路が、他の霊長類と比べてヒトで著しく発達している脳領域の一つであることにも注目している。この考えをさらに裏付けるのは、海馬における神経活動が電気刺激によって増加し、毎秒10〜15サイクルの周波数で最大となるという事実だ。この値は、今日の地磁気における支配的な地磁気脈動周波数と一致するか、あるいはわずかに上回っている。私たちの進化を方向づけてきた最も大きな力は、結局のところ最も捉えがたい力なのかもしれない。それは、私たちにはまったく見えない力だ。
耳なき聴覚
私たちはこれまで、地球・月・太陽の電磁場が生命に及ぼす影響について考察してきた。次章[15章]では、機械が生み出す人工電磁場の影響について考えることになる。しかし、もう一つの相互作用が存在する可能性がある。それについて私たちが知っていることは、さらに少ない。それは、生物が発する生体磁場が他の生物に及ぼす影響だ。
もし一つの神経系が他の神経系の磁場を感知できるとすれば、それは超感覚的知覚[ESP]を説明する上で大きな手掛かりとなるだろう。
「理解できないものは存在し得ない」という奇妙な教条に従い、主流の科学はサイキック現象を妄想やデマとして一蹴してきた。その理由は、単にそれらが睡眠、夢、記憶、成長、痛み、あるいは意識といった現象よりも稀だからに過ぎない。これらはいずれも伝統的な用語では説明できないが、あまりにも一般的なため否定できない。
50年前[1927年頃]、デューク大学のジョゼフ・バンクス・ラインがカード推測実験の結果を初めて発表した際、科学者たちは数年にわたりこのテーマについて熱心に議論し、検証を行った。その後、ラインの研究を裏付ける試みの少なくとも60パーセントで、偶然の確率を上回る結果が得られたにもかかわらず(この再現率は心理学の他のほとんどの分野よりも高い)、その寛容さはなぜか消え失せてしまった。第二次世界大戦以来、真剣な超心理学者は科学の場から追い出され続けてきた。例えば1950年代には、サイエンス誌とネイチャー誌の両方が、ラインとロンドン大学の初期のPSI研究者サミュエル・ジョージ・ソウル※による特定の結果に対する批判記事を掲載した。今日、このような考え方は薄れつつあるかもしれない。こうした非難記事の著者の一人、G・R・プライスは、1972年にサイエンス誌上で謝罪し、両誌とも超心理研究に関する報告を時折掲載するようになったが、依然として主に否定的な結果に限定されている。風向きが変わり始めたことを受け、数人の研究者が、超感覚的知覚の潜在的な基盤として電磁場の存在を探り始めている。
※ 後年、ソウルのESP実験については大規模なデータ改ざんが指摘され、その結果には重大な疑義が持たれている。
これまでの結果は、他のどのアプローチと同様、決定的なものとはなっていない。1978年、エドゥアルド・バラノフスキー※とJ・G・テイラーは、様々なアンテナ、皮膚電極、磁力計を用いて、超常的な能力を主張する多くの人々を観察した。彼らは、テレパシー実験の成功に関連する電界や磁界を一切検出できなかった。1982年、プリンストン大学の工学部長ロバート・ジョージ・ヤーン[プラズマ物理学者、宇宙船の電気推進技術の先駆者]※は、このテーマにこれまで投入された中で最も優れた電子機器群を揃えた。彼は、干渉計の表示やひずみゲージの測定値に精神的な力が及ぼす明確な影響を確認したほか、リモート・ビューイング実験でも肯定的な結果を得た。しかし、これらの実験は信頼性をもって再現できず、研究者や被験者の気分、あるいは測定不可能なその他の環境要因によって結果が変動するようだった。こうした気分[考え方]への依存性 ― 実験は疑い深い人よりも信じる人の方が成功しやすい傾向にある ― は、超常現象研究の黎明期から常に悩みの種となってきた。ヤーンは電磁気的要因について明確な結論には至らなかったものの、
「.... 不正な研究や不当な批判を取り除いてもなお、サイキックな現象に関して蓄積された証拠には、数々の実験的観察結果が含まれている。.... そしてそれらは、私たちに哲学的な難問を突き付ける」
という、極めて控えめな結論を導かざるを得なかった。
一口メモ:
ヤーンが言いたいのは、受け入れ難いが無視もできないということ。
現象は存在しないはずだ
↓
しかしデータはある
↓
どう考えればいいのか
という困惑。
豆知識:
1970年代後半、バラノフスキーは英国の物理学者ジョン・G・テイラーと共同で、超常現象の妥当性を科学的に検証した。彼らはネイチャー誌に、「超常現象に科学的な説明はあるか?」(1979年)や「電磁気学は超感覚的現象を説明できるか?」(1978年)といった、多く引用された論文を発表した。彼らの研究は、電磁力が超感覚的知覚(ESP)やテレパシーを説明できないという結論に達し、物理学的観点からこれらの現象の妥当性を否定する決定的な論拠となった
ロバート・ジョージ・ヤーン:
プリンストン大学の工学教授であり、ロケット推進の専門家。1930年4月1日生まれ。ヤーンは、厳格な実験室条件下で、超心理学におけるマイクロPK効果の調査へと研究の幅を広げた。超心理学に関する研究論文の発表後、彼はプリンストン大学工学部学部長の職から准教授へと降格された。しかし、その研究の範囲の広さと厳密さから、彼の研究は超心理学者の間で広く尊敬されている。彼は、マクドネル財団とペッツァー研究所の資金提供を受けたプリンストン工学部異常現象研究所で実験を続けた。
・個人的に興味深かったのは、「オカルティズムと超心理学の百科事典」の次の一文です。
「最近の注目すべき進展の一つは、ヤーンが行った実験である。この実験では、ケニア、ニュージーランド、イングランド、ロシアといった遠方にいる被験者たちは、あらかじめ定められた時刻に1時間座り、彼の装置の出力が事前に決められたパターンになるよう意識を集中させた。距離は結果に影響を与えていないようだ」
生体電磁場の研究は、まだ始まったばかりだということを忘れてはならない。SQUIDによって初めて頭部の周囲の磁場を検出できるようになってから、まだ10年しか経っていない。ハトは、最新の測定機器よりも数千倍も感度の高い磁気感知器を持っている。また、半導体電流と外部磁場との相互作用は、導線内の電流の場合よりも数千倍も大きいことが分かっている※。そして、技術者たちはこの感度をさらに千倍以上高める微小なデバイスを開発した。電子顕微鏡は、あらゆる生物の細胞に、これまで想像もできなかったほど複雑な結晶状の構造が存在することを明らかにした。その機能については、現時点では推測するしかない。
現在、超常的な意図が半導体デバイス内の電流の流れに影響を与える可能性があるという証拠がいくつか存在しており、私たちは超感覚的な要因が作用するエネルギーレベルに近づきつつあるのかもしれない。すべての生物は微弱な電磁場を発生させており、すべてではないにせよ多くの生物が地球の電磁場を感じ取ることができるため、この媒体によるコミュニケーションは依然として強い可能性を秘めている。国防総省の現実主義的な[ESPの話を信じたがる人たちではない]兵器計画立案者たちによる、この分野での数百万ドル規模の研究計画が最近明らかになったことは、公の場で研究を行う科学者たちがこの考えを軽視すべきではないという、さらなる理由の一つだ。
💡 一口メモ:
半導体は一般の金属導線に比べ、外部磁場によって電気的性質が変化しやすい。この性質は磁気センサーなどにも利用されている。ベッカーは、生体内に半導体的な構造が存在するなら、極めて弱い地磁気や生体磁場の検出も可能ではないかと考えていた。
私たちは常に、現在の理論よりも観察結果に重きを置くよう注意しなければならない。また、私たちは磁気そのものについて、いまだ十分には理解していないことを忘れてはならない。
現在では、N極とS極の両方をもつ単磁区が磁気の最小単位ではない可能性が示唆されている。物理学者たちは今や、N極またはS極のいずれか一方だけの性質をもつ粒子、すなわち磁気単極子の存在を想定している。実際、その存在を示唆する実験的証拠もいくつか報告されている。さらに一部の理論家たちは、光と同様に波と単極子粒子の複合体として振る舞う、これまで予想されていなかった新しい種類の磁気を構想している。生物は、そのような、現在ではまだ測定できないエネルギーと相互作用しているのかもしれない。
※ 磁気単極子は理論的には重要な概念ですが、現在に至るまで決定的な実験的確認には至っていません。
しかし、そのような通信システムが進化の過程で克服しなければならなかった大きな困難が、少なくとも二つあったはずだ。もっとも、私たち自身の電気工学の経験は、生命がどのような実用的解決策を採った可能性があるかを示唆している。
一つめの問題は、生体電磁場の強度が地球の磁場の強度に比べてはるかに弱いことだ。したがって、他の生物からの信号はノイズに埋もれてしまうだろう。これは通信における一般的な障害だが、これを回避する方法はいくつかある。最も簡単な方法は、送信側と受信側の双方が同じ周波数に同調していることだ。すなわち、一つの周波数だけに同調し、それ以外には反応しない状態だ。このような同調システムは、自発的なESP体験が親族や親しい友人の間で最も頻繁に起こる理由を説明するかもしれない。私たちの計測機器の感度は、いつの日か特定の周波数で生体磁場に同調できるレベルまで発達し、その結果、現在ラジオで行っているのと同じように、ESPを直接実験できるようになるかもしれない。
もう一つの理論上の難題は、超感覚的な情報伝達が距離によって弱まるようには見えないことだ。一方、動物の神経系の周囲に存在する電磁場は、もともと想像もつかないほど微弱であり、しかも距離とともに急速に減衰する。しかし、極超低周波(ELF)帯の電波には特有の性質がある。電離圏との相互作用によって、この周波数帯域(0.1〜100ヘルツ)の信号は、たとえ弱いものであっても減衰することなく地球を一周することができる。この帯域内で生得的な周波数選択機構が働いているのであれば、地球上のどこにいても同じように受信できるはずだ。
現在のところ、直流周神経系とその電磁場は、直接的な実験によって検証可能な唯一の超心理学理論を提供している。そしてこの理論は、予知を除くほとんどすべての超心理現象について仮説を提供する。テレパシーは、直流周神経系の電磁場における極超低周波[ELF]振動を、生物学的にプログラムされた経路を通じて送受信する現象なのかもしれない。ダウジングは、地下水や鉱物の電磁場を意識下で感知する能力に関係している可能性があり、この考えは1960年代に行われたロシアの実験によってある程度支持されている。現在、ソ連地質省に所属するニコライ・ニコラエヴィチ・ソチェワノフは、40人の職業的ダウザーを対象に実験を行った。その結果、手首に通電した導線を巻き付けたり、頭部の近くに馬蹄形磁石を置いたりすると、彼らの探査精度が少なくとも4分の3低下することを見いだした。
生体半導体は、いわゆる "感受性の高い人々" が生物の周囲に見ると報告してきたオーラの説明にもなりうる。この "光輪" は、生体電磁場の何らかの現れではないかという推測が古くから存在していた。高電圧(キルリアン)写真によって、オーラの描写によく似た画像が得られることから、この技術によってサイキック現象[ESP、テレパシー、ダウジング、遠隔視など、超心理学で扱われてきた諸現象の総称]の何らかの側面を可視化し、実験可能な形で捉えられるのではないかという期待が生まれた。この可能性のため、私たちの研究室でも1970年代半ばにキルリアン写真の研究を行った。
私たちは、実験対象の健康状態の変化に応じて変化するように見える、美しい画像を得た。しかし、その方法は一つの決定的な検証に失敗した。もしキルリアン光輪が本当に生体電磁場、あるいは生命の何らかの基本的側面を反映しているのなら、撮影対象の生物が死んだ時点で消滅するはずだった。だが、残念ながらそうはならなかった。その画像は、死骸の含水量が一定である限り、生前と変わらず残り続けた。私たちは、それらの画像が単純な物理現象、すなわちコロナ放電によるものであることを見いだした。これは、キルリアン装置のコンデンサー板の間で高電圧電場が空気分子の絶縁を破壊したときに生じる現象だ。空気中の水蒸気量によって放電が起こる電圧が変化し、その結果、カラーフィルム上には異なる色や大きさのコロナ放電像が現れた。私たちは、キルリアン画像が生命状態と関係していることを示す証拠を見つけることはできなかった。また、それが何らかの目に見えない場やオーラを映し出す "スクリーン"として機能することを示す証拠も得られなかった。これもまた、かつて提案されていた可能性の一つだった。
これは、一部の人々が他の生物の周囲で時折感じるオーラが想像上のものだと言っているわけではない。
民間伝承に頻繁に登場する事柄は、往々にして事実に基づいていることが判明する。しかし、身体の磁場は、それを説明するにはあまりにも弱すぎる。私たちの生体電磁場は、たとえ何倍も強かったとしても、光を放出することはあり得ない※。しかし、脳内に非常に高感度の磁気検出器があり、それが視覚野と結びついていたら、いうなれば、磁場を "見る" ことは理論上あり得るかもしれない。同様に、宇宙空間にいる宇宙飛行士はチェレンコフ放射を "見る" ― これは、高エネルギーの宇宙線が網膜を通過することで生じる光の閃光だ。
💡 一口メモ:
本書執筆当時、ベッカーは生体電磁場が直接オーラのような可視光を放出する可能性には否定的だった。一方、その後の研究では、生物が極めて微弱な光(バイオフォトン)を放出していることが報告されている。ただし、こうした超微弱光子放出と、一般に語られる "オーラ" が同一現象だとは示されていない。
一方、オーラは文字通り光の一種の可能性もあり、おそらくはごく一部の人々以外には見えない周波数の光かもしれない。発光ダイオードの発見は、まだ比較的最近のことだ。ご存知の通り、骨にはたまたまそのような性質があることが判明した※。その実験の要点は、骨に半導体、PN接合ダイオードが含まれているという証拠が得られたことにある。生物には他にもダイオードが存在する可能性が高い。この文脈において、神経終末と皮膚の関係は興味深い。皮膚と神経の接点 ― 再生を引き起こす神経-表皮接合部に最も近い正常な対応物 ― は、まさにダイオードだという可能性が高い。もしそうなら、適切なレベルの電流が皮膚からの発光を引き起こす可能性がある。さらに、このようなダイオードの配列に非常に大きな電流が流れた場合、生体由来のスクリーン上に身体のホログラフィック像が形成される可能性さえある。その一例として、トリノの聖骸布に残されたとされるキリスト像が挙げられるかもしれない。
※ 第6章 気難しい遺伝子「骨は神殿の柱」参照
もし超感覚的な通信が本当に直流系の機能なら、なぜそれはもっと一般的ではなく、広く受け入れられていないのだろうか。それが動物界にどの程度広く分布しているのか、私たちには知る由もないかもしれない。しかし、多くの犬や猫が長距離を移動して飼い主のもとへ戻った例は、それらの動物が未知の感覚によって特定の人物を見つけ出していることを示唆している。デューク大学超心理学研究所は、そのような事例を50件以上確認しており、その多くでは動物が数百マイルから数千マイルを移動している。ハトが地磁気を利用した移動において他の多くの生物よりはるかに優れているように、この能力も種によって差があると考えられる。人間の間でも、遺伝的偶然や生育環境の何らかの要因によって、他の人々より優れた能力を備えている者がいるのかもしれない。あるいは逆に、このサイキック感覚は本来すべての人間に備わっていた普遍的能力であり、私たちが意思を伝えるために言語へますます依存するようになった結果、忘れ去られ、あるいは抑圧されてしまったのかもしれない。
もし両者が同じ系に依存しているのであれば、超能力と再生能力は密接に関連しているのかもしれない。そうした能力は、一般により単純な動物ほど優れている可能性がある。デジタルインパルス系がより効率的に発達するにつれて、その情報処理能力は、より古い様式で働いていた感覚系を圧倒するようになったのかもしれない。実際、それこそがデジタル系の役割の一部という可能性さえある。他の生物から絶え間なく流れ込む電磁的情報は、耐え難い負担になっていたのかもしれない。世界中の人々が考えていることを同時に聞き取れてしまったら、自分がどれほど混乱するか想像してみてほしい。結局のところ、霊媒師、魔術師、そして PSI 研究者たちは皆、最良の結果を得るためには、ある種のトランス状態や精神の静穏 ― つまり神経インパルス活動の低下 ― が必要だという点で一致している。エルマー・グリーンによれば、あるチベットの伝統を持つヨギたちは、初心者に透視能力を教える際、暗く窓のない部屋で、北を向いて磨かれた銅板を前に、ガラス板の上に座って瞑想させる。その頭上には棒磁石が吊り下げられ、そのN極が天頂を指している。
生体電磁場は、サイコキネシス[念力]や物体刻印現象[念の焼き付け]を説明する理論にも応用できる。すべての物質は、生物であれ非生物であれ、究極的には電磁気的現象だ。少なくとも現在の物理学が到達した範囲では、物質世界は電磁力によって結び付けられた原子構造から成り立っている。もしある人々が他の生物の電磁場を感知できるのであれば、相互に結び付いた電磁場を介して他者に影響を及ぼすことができる人々がいても不思議ではない。私たちの身体の細胞機能が、私たち自身の直流場によって制御されているのであれば、優れた治療能力をもつ人々が治癒を支援する電磁的作用を生み出していると考える理由がある。そして彼らは、その作用を患者へ伝えたり、信頼や希望によるプラセボ効果だけに頼ることなく、患者の体内電流を直接変化させるよう働きかけたりしているのかもしれない。
この種の影響の存在を認めるならば、生体電磁場が意志によって生命のない物質の電磁構造に作用する可能性も考えられる。そこには、トリックが排除された金属曲げ実験から、干渉計、ひずみゲージ、乱数発生器を用いた、より厳密に管理された実験に至るまで、あらゆる形態のサイコキネシスが含まれる。現時点では、これは実験的検証の可能性を最も期待できる仮説だ。それほど劇的ではない現象としては、生体電磁場が個人の思考に固有の痕跡を周囲の環境へ投影し、物体の電磁気的特性を変化させることで、その人がその場にいなくても他者がその存在を感じ取れるかどうか、という問題がある。これは超常的体験の中でも最も一般的なものかもしれない。そして、犯罪現場そのものに反応するサイキック能力者によって解決された事件が数多く報告されているという事実は、科学者が同僚たちの嘲笑を恐れることなく※、この考えを研究対象とする十分な理由となるはずだ。
一口メモ
"変な話だから研究しない" ではなく、"まず観察してみるべきだ" という、この章全体を貫くベッカーの姿勢が出ている
生物学は、全体が部分の総和以上のものであることを繰り返し明らかにしてきた。生体電磁場についても、同様のことが言えるはずだ。
地球上のすべての生命は一つの統一体とみなすことができる。それは、地殻の表面に薄く広がった意識の層だ。全体として見れば、その場は見えざる中空の球殻となり、その表面にはあらゆる生物の思考と感情が織りなす精緻な模様が刻み込まれていることになる。イエズス会司祭であり古生物学者・哲学者でもあったピエール・テイヤール・ド・シャルダンは、生命圏から泡沫のように立ち上るノウアスフィアnoosphere[精神圏]、すなわち精神の海を構想した。もし地球全体をほとんど瞬時に巡る生体通信経路が存在し、それが生命そのものの起源に根ざしているとするならば、それぞれの生物がそのような集合精神とのつながりを何らかの形で保持しているとしても不思議ではない。もしそうなら、周神経直流系は、集合的無意識、直観、元型の源泉、神的あるいは悪魔的な高次知性、あるいはミューズそのもの※など、さまざまに呼ばれてきたイメージと夢の大いなる源泉へ、私たちを導くことになるかもしれない。
※ ベッカーが、この "Muse"=ギリシャ神話の女神という言葉に託したかった思いは、インスピレーションの源、ベッカーのいう "イメージと夢の大いなる源泉"、言い換えれば "創造的霊感の源"、あるいは "ひらめき" とはなにか? それを知りたいという強烈な探究心だったように感じます。
一口メモ:
第14章を振り返ると、
・地磁気
・生体周期
・生命起源
・進化
・テレパシー
・ダウジング
・ヒーリング
・サイコキネシス
・ノウアスフィア
と、テーマだけ見ればかなり広い。
面白いのは、どれも
生体電気 ↓ 生体電磁場 ↓ 周神経直流系
という一本の軸で考えようとしていること。
そして最後の段落は、たしかにソーンヒルのいう共鳴接続を連想させます。
ベッカーは "共鳴" という言葉は使っていないけれど、地球全体を取り巻く生体通信経路
↓ 生物同士の接続
↓ 集合精神
↓ 直観や集合的無意識
という論理だから、かなり近いのではないでしょうか。
──つづく
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